スナックおはるのざれごと

はるママが日々閃いたあれこれをざれごとチックに語ります。

曇天の東京タワー《近況のお話》

こんにちは。

先日私のInstagramを見た友人から「都会に染まってる。」と言われたはるらっしゅです。

あんなに東京嫌いだった私が、今や都会かぶれということか。

確かにこちらに来てから私は少し変わった気がする。

そんな私がなんだかとても皮肉な気がして苦笑している今日この頃です。

 

さて、本日のテーマは《近況》。

最近の出来事や思ったことをざれ言チックに語ってみたいと思います。

 

曇天の東京タワー

バッドマンのハーレイクインに憧れた。

精神に異常をきたすほどに誰かを愛するなんて素敵だ。

 

私の真上にある曇天の空に浮かんだ黒い靄を撫でたくて右手を伸ばしたけど、案の定それに手が届くことはなかった。

代わりに右手には烈風が当たって、反動で腕が後ろに押される。

下げかけた右手で乱れた髪を掻き上げ、視線を左に移し、空っぽの眼でビル群を見つめた。

 

地元をオープンカーでドライブする人を見かけたら、おそらく地方ニュースになるくらい視線を集めること必須だが、都内であればザラだと思っていた。

都内を通勤中、道路に視線を向ければ、そこにはアウディやベンツ、BMWにレクサスなど、車音痴に私でさえ分かる車が赤信号で停まっている。

都会の車など、所詮は娯楽品。

オープンカーなんて、それらと同じだと思った。

 

とある土曜の夜、銀座で待ち合わせた友人のオープンカーでドライブに出掛けることになった私は、その助手席に深く腰掛け、けだるく左に視線を移した。

行き交う人々の視線と私の視線が合う。

見られている。

ふと隣の運転席に視線を移すと、運転している所有者の友人は素知らぬ顔で私に笑いかける。

私は今までこういう人を路上から眺めている側の人間で、派手な人間が嫌いだったはずなのに、こちらに来て見られる側の人間とつるむようになって、見られる側になった自分が少し皮肉めいて見えた。

 

非日常的な楽しい世界に身を投じた後は、日常が色あせて見える。

海辺で恋愛の話になった際に「お金持ちは好きじゃない」と話したら「どうして?ハイスぺの方が良いじゃん。変わってる。」と驚かれ、それを悶々と考えるようになった。

 

こちらに来てから、自分なりに頑張って色々な人と会った。

11万円のベルトを一括で買う姿に対して眉間に皺を寄せるくせに、デート代を割り勘にしようとする姿にも不快感を感じる。

聞いてもいない自分の昔話を嬉々として話す姿に呆れ、一方で無口な姿に怒りを覚える。

それぞれの人にそれぞれの魅力があるというのに、なんだかいつも違うのだ。

結局私は、どんな人に恋をするのだろうか。

 

なりたいものとなるべきもの

きっかけなど、本当に些細なことだった。
このブログの集客のために始めたInstagramに届いた、たった1通のDM。
興味本位で返信したことで私の生活は一変した。


《ライバー》というものになってみて、早2週間。
以前もそんな話が浮上して、デビューの一歩手前まで話が進んだが、その話は途中で頓挫した。
それ以来、今回は違う事務所に所属してのデビューだったが、ライバーという世界は非常に未知なるものだった。


ユーチューバーという職業が確立して久しいにも関わらず、ライバーは聞いてもいまいちピンとこない。

要因は様々あるだろうが、たぶん2つ。

1つ目はインターネットを使用していれば登録不要なYouTubeと違い、ライブ配信は専用アプリをインストールする必要があること。
これによって、アプリをインストールした一定数しかライブ配信を視聴できない。

2つ目はイメージの問題。
広告収入が主で収入源が企業なYouTubeと違い、ライブ配信は視聴者から直接アイテムという形で収入を得る。
高額なアイテムがいとも簡単に飛び交っているように見える、そんな姿に嫌悪を憶える人が一定数いること。

これらがライバーが世に浸透しづらい要因だと思うし、ライバーを始める前の私の考え方だった。


ライバーを初めて1週間後に小さなイベントに参加し、何時間も座りっぱなしで配信した。

そして、12時間近く私が映る画面に向かって話しかけ続けながら、色々な事を一人で考えた。

目が乾いて涙が出そうになるし、ずっと喋っているから喉も痛い。
ライバーがこれだけの労力をかけて配信していたなんて知らなかった。

イベント最終日の最後1時間で私は1位を獲得し、泣き顔を世間に晒す始末だったが、その涙は嬉しさだけではなかった。

勿論、苦労が報われて嬉しかったし、そこまで応援してくれた人々全てへの感謝の気持ちもあったが、それ以上に私は怖かった。

ライブ配信を始めて2週間も経たぬ私が、普通であれば到底得られぬポイント数に達しているこの状況も、その応援に応えられるか分からぬ不安も、全てが怖くて泣いたのだ。


何時間もの長時間配信に張り付いて、一緒に配信を支えてくれる方。
たくさんのアイテムを投げて、応援してくれる方。
自分の配信を止めてまで、応援に来てくれる方。
何も取り得が無い一般人の私を、なぜここにいる人々は応援してくれるのか。


今思えば、このブログもInstagramもそうだった。

ただ文章を書いてみたいという欲だけではじめたこのブログは、180名を超える人がフォローして、時間を割いて私の書く文章を読んでくれる。
Instagramは2500名のフォロワーがついて、時間を割いて私の投稿にいいねをくれる。


私達はいつも多くの人に支えられて生きていることを忘れがちだ。
頑張れば頑張るほどに視野がどんどん狭くなり、ひとりで頑張ったつもりになって、周りが見えなくなってしまう。

今回もそうだった、私ばかりが辛いと思っていた。
でもそうではなかった。
辛いのは私ではなく、それを支える周りだったと思うのだ。


当たり前だけど忘れがちな、そういう事実を大切に咀嚼できる人間になりたい。
そして、それが私のなるべきものだと思った。


ライバーイベントで一位を取ったその日、アドレナリンが出てなかなか寝付けない中、
ホットミルクの淡い湯気を見つめながら、そんな事を考える午前2時半だった。

 

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