スナックおはるのざれごと

はるママが日々閃いたあれこれをざれごとチックに語ります。

「信心深い」は悪いこと?《宗教と信仰の話》

こんにちは。

転勤を8月に控える今日この頃、引継ぎに奔走するはるらっしゅです。

 

総務のお仕事は多岐にわたるので、引継ぎは永遠に終わりません。
とりあえず必要最低限を引継ごうと思って簡易マニュアルを作ってみると、ワード106枚の超大作が出来上がりました。

いや簡易で100枚を超えるとか、こんなの一体誰が読むのよ。

今思えば4年前、私も前任から渡されたワード60枚分の引継ぎマニュアルを両手に抱えて「これ、多過ぎでしょ。」と途方に暮れていましたが、今思えばあれは、かなり削った内容だったのかもしれない。

仕事というものは、意外とブラックボックス化している事が多いようです。
次の仕事では、逐一引継ぎマニュアルを仕込んでおこうと学びました。


さて、本日のテーマは前置きとは全く関係がない【宗教と信仰】です。
どうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。

 

 

信心深いはるらっしゅ

私は特定の宗教に入信しているわけではないけれど、信心深い。

私の父が特に信心深く、実家の神棚は綺麗に手入れし、毎朝毎晩手を合わせ、ベッドの頭の方にはよく分からないお札が貼ってある。

実家に住んでいた頃は、毎日神棚に手を合わせてから外出するように強く言われていたし、年明けの氏神様への初詣は、私がどんなに二日酔いでグロッキーな状態でも、毎年引きずられて参拝させられる。


そんな家庭で育ったせいだろうか。

私の一人暮らしの家にあるドレッサーの上は、私にとっての神棚となっていて、ご祈祷で賜った木札やお守り、おみくじを祭る場所と化している。

それを見た元彼たちは、一様に引いていた。

 

そんな信心深い私には、誰にもわかってもらえないであろう、絶対のルールがいくつか存在する。


まず1つ目。
私には、正月の深夜0時に参拝する神社、仕事の報告に行く神社、恋愛について報告に行く神社、ご祈祷を受ける神社、おみくじを引く神社‥といった具合に、用途に合わせて参拝する神社が全て決まっている。

どんな状況下に置かれても、これは絶対だ。

神様は神社から離れられないから、私が顔を見せて報告に伺うことで、まるで田舎の祖父母に会いに行くような心境になると同時に、私にとっても良い節目となって、また頑張る活力が生まれる。

なので、休日に高速道を時速120㎞でぶっ飛ばし、わざわざ参拝に行くことは割と日常茶飯事なのである。


そして2つ目。
自分でも面倒くさい性格だと思うのだが、買ったお札やお守りは1年後に必ず、買った神社に奉納する。

私にとってそれらは、その神社の子どもみたいなものだと思っている。

親元を離れて寂しかろうに、そんな素振りを微塵も見せずに毎日私を守ってくれている。

こんなの、感謝しない方がおかしいだろう。


誰だって実家が好きだ。
私だって暇があれば実家に帰りたい。

でもお守り達は自分の力で実家には帰れないから、私が「1年間私を守ってくれてありがとう」と感謝を込め、任期満了ということで奉納しに行くことで、お守りの魂を親元である神社に戻す。


こんな感じで色々とルールが存在するのだが、先日この話を父に話した際「え、そこまで?」と若干引かれた。

正直、枕元にお札を張っている人に引かれたくはないよね。

 

信心深さは運に比例する

先に申し上げるが、これはあくまで持論であって「何かに入信しなさい」という勧誘ではないので、あしからず。
そもそも私は、どの宗教にも入信していないし。


先日ネットサーフィンをしていた際、こんな記事を読んだ。

president.jp

 

私も比較的運が良い人間で、特に人に恵まれていると昔から思う。

例えば、転勤に伴う家探しは「土地勘が無さ過ぎて、これはあかん」と頭を抱えた私の上司が「ここ俺の地元だから」と、わざわざ有給を取って一緒に内覧に行ってくれることになった。

奇跡はこれに留まらない。
私の転勤が決まったと同時に仲の良い同僚の転職が決まって、同時期に同じ土地へ引っ越すことになった。

こんな感じで、私には必要な時に必要な手助けが常に用意される。


上記の記事では、信心深い人と運の良さをこのように解説している。

信心深い人は周囲への感謝の念が強い人であり、寺社仏閣に足しげく参詣するのは、苦しいから神頼みをしているのではなく、日頃の神仏の恵みに感謝するのが目的だ。

そういう人は、自分の力を過信せず、周りの力もあって自分は生かされているのだと考えるため、周りからサポートを受けやすくなり、成功する可能性が高まる。

 

確かに思い返すと、私は神社に行ってお賽銭を投げた後、お願い事をしたことが無い。
いつも住所と氏名を述べた後、近況を報告した上で「これからも〇〇をこんな風に頑張ります」と締めるよう、父方の祖母に教わっているからだ。

それに常識で考えて、100玉1枚でお願い事を叶えて貰おうとか、おこがましいにも程がある。

だから私が神社に行ってお賽銭を入れる理由はいつも、私の決意を神様に聞いてもらうため。
それくらいの気持ちでいる方が、日々の嬉しい出来事により感動できると思う。

 

宗教とは、結局何なのか

信心深いと言うと、人から引かれることが多いような気がする。

どうしてだろうと考えると、その背景には敗戦と新興宗教による有名な事件があるという結論に至った。

国が徹底的に宗教を弾圧した結果、宗教に関する知識が無くなって苦手意識が生まれ、結果日本の宗教偏差値は世界最低レベルなったのである。

しかし、宗教と人間の繋がりというものは切っても切り離せない。
なぜなら、言葉がない時代から信仰というものはあったのだから。


そもそもなぜ宗教という概念は生まれたのだろうか。

これは持論だが、人間にはどうにもならない事象が発生した時に、それを説明するために生まれたものが「宗教」ではないかと思っている。

昔の人は病気や不作、日照りなど、人がどう頑張っても報われない事を「神様の怒り」という考え方で納得しないと、きっと腑に落ちなかったのではないだろうか。

人は弱いが故に分からない事を嫌うので、それらに答えを見出すために宗教が必要だったと思う。


では、なぜ科学が発展して病も不作も、日照りも解消出来る世の中になったというのに、宗教はなくならないのか。

それは【人が生まれてきた目的が誰にも分からないから】ではないだろうか。

人生の目的が分からなければ、頑張って生きる意味も分からない。

どんなに医療が発展して苦痛を緩和し、命を延ばすことは出来たとしても、その延ばした命をどう使えば良いのかは、誰も教えてくれない。

ここで初めて、宗教が役に立つ。

人は弱いが故に、分からない事をとにかく嫌う。

人が分からないの三大要素である「本当の幸福」「人生の目的」「死」は、科学や医学では解決できないから、宗教で答えを見出すしかない。
だからきっと、人類の存続する限り、宗教は無くならないと思う。

 

こんな話をすると、希望も何もないと非難されそうだが、私はこの世が地獄だと思って生きているし、この世は地獄だからこそ、この世には実態をもつ神様がいないのだと思っている。

だって、神様は地獄のような汚れた土地に足など付けたくなかろう。
だから「神社」という中継地点を立てて、参拝時に鳴らす鐘の音を介して地獄に住む愚民どもの声を聴いているのではないだろうか。
これは何かの宗教に影響されて言っているのではなく、純粋に自分の考えの基で思っている。
(これを友人に話した際は「まじで変わっている」と苦笑された。)

でも、こういう考え方も一つの宗教なのではないだろうか。

お金を稼ぐことに執着する人は、その心に「お金が大事」という自分の宗教がある。
科学的なものしか信じられない人は、その心に「科学が全てだ」という自分の宗教がある。

皆「私は無宗教だ」「宗教ってなんか怖い」などと言っていても、結局自分の中には自分の宗教がちゃんと存在していると、私は思う。

 

あとがき

日本には新興宗教も含め、18万以上の宗教法人がある。
世界で算出したら、その数はもう無限に近いだろう。

でも、それで良いと思う。

信じる者は救われるじゃないけれど、人の信じる力というものは、時に生きる上で大いに役立つ力となる。

あなたの心を軽くしてくれるものならば、何を信じたって正解だ。

互いに尊重し合いながら皆が幸せに暮らせるように、たくさんの宗教と信仰が共存できる社会が続きますようにと願う、今日この頃です。

 

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ホロを散りばめたマジパン《美しさのお話》

こんにちは。

最近はK-POPの沼にハマって、抜け出せなくなりました。
化粧品から食べ物まで、ほぼ韓国産を選ぶようになったはるらっしゅです。

特に韓国贔屓をしているわけではなく、どうしたらK-POPアイドルのように美しくなれるのかと考えた際に「使う物や食べる物を全てK-POPアイドルに寄せてみれば、それっぽい雰囲気になれるのでは?」と思った次第です。

ええ、分かっています。元来私は極端な性格なのです。

でもいざやってみると、韓国の化粧品や衣服はおしゃれで質も良い。
「これはいけるかも!?」と思ったのもつかの間、食べ物は味が濃いものが多いせいか、少しだけ太りました。

しかしこれは、韓国料理が悪いという話ではございません、逆です。
キムチやサムギョプサル、ヤンニョムチキンにナムル。
あまりの美味しさに、私が食べ過ぎました。
朝にドレッサーで自分の二重顎を見た時の絶望たるや、いかほどか。

何事もほどほどが一番ということで、食事は以前のように和食中心に戻すべく、大人しく大根とイカの煮物をせっせと作っております。


さて、本日のテーマは【美しさ】。
久しぶりの投稿で少し腕が鈍っているかもしれませんが、どうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。

 

ホロを散りばめたマジパン

初めてK-POPアイドルを観た時の感想はこれに尽きた。

陶器を彷彿とさせる白い肌と歯。
ホロとラメを散りばめた大きな目。
まるでCGのような一糸乱れぬダンスと、砂糖菓子のような甘い声で歌うその姿。
当時【坂道シリーズ】と呼ばれる庶民派アイドルが流行っていて、それに見慣れた私からしたら、彼女達の完成されたその姿は衝撃的で、テレビにくぎ付けになった。

それ以来、私は何年も変わらずK-POPアイドルが大好きだ。
好きというより、お手本にしていると言った方が正しいかもしれない。

そして私はK-POPアイドルをきっかけに、韓国文化についても学ぶようになり、なぜK-POPアイドルがあれほど美しいのかを知って、腑に落ちた。
韓国人は芸能人だけでなく、一般人も容姿が整った人が多いのである。


韓国では生まれた時から、容姿や外見を評価されるらしい。
それは男女限らず、この子は美人だ、あるいはその逆も歯に衣を着せず、周りからはっきり指摘され、若者の会話の中でも「ねぇ、その目整形しちゃえば?」などといった話題が出てくる始末。(日本でやったら、友達を失くすこと必須。)
日本人も歯科矯正であれば抵抗はないけれど、韓国では親が子に整形を勧めるのだから、その度合いの差は明らかだ。
そして、そんな評価が幼少期から大人になっても永遠に続くのだから、外見至上主義になるのは当たり前だと思う。


人は様々な環境の中で、自分の個性や能力を評価される機会があるため、外見だけにこだわり続ける必要はない。
しかし、潜在意識の中に容姿に関する価値観は誰しも持ち続けるし、人は美を追い求める生き物なのである。

そして、それが特に顕著な韓国社会では、特に女性の場合、美を追求することが自己価値を上げる最大の手段だし、最新の美容法や化粧品が広がる以前から、韓国には民間療法的な美容法や美肌法が多く存在しているのも、韓国女性が昔から美容に高い関心を持ち、実践してきた証拠なのだと思う。

 

崩れたケーキは選ばない

美しさに固執することは悪か。

他者との会話の中で「美」に関するテーマは正直出しづらい。
出せたとしても、そこには必ず他者に対する「思いやり」という名の「お世辞」が含まれている。

「前髪切り過ぎちゃって」「え~、似合ってるよ!ちょうどいいって!」
「最近太ったかも」「全然変わってないように見えるよ?むしろ前の方が痩せすぎだって!」
といった具合にだ。

言う方も「フォローを入れてくれる」と事前に分かった上で言うので、ここで「うーん、ちょっと切り過ぎかもね」「あー‥確かに少し太った?」などと言った暁には、もうこの世の終わりである。

 

そんな「美」に関する話題で、私は忘れられないエピソードがある。
それは、新卒で入社した会社の採用担当に言われた言葉だ。

私が入社した会社では当時、内定者に対して「なぜ貴方がこの会社に受かったのか」「会社は貴方に何を求めているのか」という内容を、採用担当が内定者へ個別に面談して伝える機会が設けられていた。

そして私はこう言われた「貴女の一番の採用理由は、容姿よ」。

目が点になった。
え、容姿?私、色々頑張ってプレゼンとか‥え、容姿?
採用担当者は、目が点になる私ににっこりと微笑み、こう続けた。
ここから続く言葉の衝撃は、あれから8年経つ今でも忘れられない。


もしここにケーキが2つあったとして、片方は綺麗な形、片方は崩れていたとしたら、どちらを取る?
んー、はるらっしゅちゃんの性格じゃ、遠慮して崩れた方を選ぶかもしれないね?
じゃあ、ケーキじゃなくても良いわ。
買い物をする時、品を確認して傷が無いものを選んでレジに持っていくでしょう?
勿論人は顔だけじゃないけど、もし選べるなら綺麗な方を選ぶ。
採用だって選んでいるのは人間だから、結局はそういう基準になるのよ。


「どうせ売ってもらえるなら、綺麗な人から売ってもらった方が嬉しいじゃない?」と綺麗に笑う採用担当の言葉に私はショックを受けたが、同時にこれは真理だと思った。

美しさは力だ。
美しさはこの世界で生きていく中で、大いに役立つ「生きる力」になり得る。
時折美人が威圧的に見えると言われる所以は、多分これなのだと思う。
それ以来、私は外見に対する基準がより厳しく、美しさに固執するようになったような気がする。

 

私の顔の造りは良くも悪くも平均で、派手な特徴はないけれど欠点もない。
特徴がないからこそ、メイクや髪型、服、香水、アクセサリーでいくらでも化けられる、便利な容姿をしている。
自分でそれが分かっていたからこそ、私はそれらを駆使して綺麗だと評価されるようにずっと努力してきた。

当時の採用担当に容姿が採用理由だと言われた時、私は私のその努力が認められたような気がしたと同時に、私の考え方は間違いではなかったと確信した。


世の中「心の綺麗さ」とか「内面の美しさが大事」なんてよく語るけど、よくよく考えてみれば、ファーストコンタクトは結局、目に見える情報が全てなのである。
例えば合コンに行ったとして、綺麗な人とそうでない人が居たら、どちらと話をしてみたいだろうか?
内面を知るというのは、対話することが前提だ。
綺麗な人の方が話しかけてもらえる率が高く、内面を知ってもらえる機会も増えるのではないだろうか。


人の外見は生まれ持った形があるから限界はあれど、やはり自分を知って、自分の似合う服や髪型やメイクで、自分の限界値まで自分を高める努力をすべきだと思う。

外見を綺麗に整えれば、少なからず他人から親切にされることが増えるし、それに伴って自分自身も人に優しくなれる。

コミュニケーションを取る際に、自信と余裕が持てるようになる。
何もせずに惰性に生きて綺麗な人を僻んでいるような人は、それこそ外見だけでなく内面も荒んでいるように見えてしまうのは当たり前。

私もまだまだ努力の途中だが、それでも努力分は良い出会いやご縁はあったと思うし、何より自己肯定感が上がって、自分を好きになれた。

 

「可愛いは作れる」ならぬ「美人は作れる」なのだ。

 

目指すべきは《苺のショートケーキ》

とはいえ、容姿だけでは駄目だということは勿論分かっている。
容姿の綺麗はお金で買えるけど、それだけではいつか綻ぶ。

 

そもそも「美人」とは何か。
広辞苑によれば「『美』とは、知覚・感覚・情感を刺激して内的快感をひきおこすもの」とある。
つまり「美人」とは単に視覚的に整っているだけでなく、例えば聴覚(声)や臭覚(におい)、触覚(肌ざわり)は言うに及ばず、情感を刺激する雰囲気や所作、人となりまで全て含めた全体的な魅力によって、相手に内的快感を引き起こさせる人と定義することが出来るのだ。

 

この歳になると、色々な人と出会う。
そして、私が総じて綺麗だと思う人は「余裕がある人」だ。
他者の気持ちを思いやって、察して、相手を不快にしない言動が取れる余裕がある人。
ゆったりとした所作で、落ち着いた声色で話す余裕がある人。
そういう人はなんだか、話していてフカフカして気持ちが良いのだ。

皆が皆、顔の造形が整っているわけではない。
でもそういう人は纏う雰囲気がゆったりと余裕があって、なんだか妖艶。
そして、そんな人は少し崩れた顔のパーツすらアンニュイな魅力に思えてくるから不思議である。

 

見た目は滑らかで真っ白、苺の乗った華のある容姿。
そして、中身は優しい甘さのフカフカなスポンジ。
私はそんな、苺のショートケーキのような女性になりたいと思う、今日この頃です。

 

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おもちゃ箱のようだ《未公開記事のお話》

こんにちは。

各地続々と梅雨入りし、私の住む地域もじっとりべっとりな今日この頃。

ナメクジのようにソファーにうだっております、はるらっしゅです。

皆様ご無沙汰しておりました、お元気ですか?

 

最近少しスランプ気味で筆を執る気になれず、ひたすらのんびり過ごしておりました。

「でもまあ、たまにはそんな時期もあるよね」ということで、凄まじい勢いで自分を甘やかしております、誰か叱ってくれないかしら。

 

さて、私の書くブログには、未公開の記事がいくつかございます。

それらは総じて、書いているうちに「やっぱり載せるのやめよう」とか「なんか違う」となってお蔵入りするのですが、下書きに溜まって、それはまるでおもちゃ箱を彷彿とさせるカオスっぷりです。

 

ということで、今回は《おもちゃ箱》もとい《下書き》を整理する回です。

私が以前執筆したにも関わらず、気分が急に乗らなくなってお蔵入りした作品をリメイクしてお届けいたします。

ぜひ最後までお付き合いいただければ幸いです。

 

 

指輪の墓場《失恋後の感情整理のお話》

忘れられない恋物語などと表現すると、なんだか特別に感じるけれど、相手が違えば内容も様々なわけで、何一つ忘れられる恋物語なんてないと思う。
だから、人はそれを記憶の奥底にしまい込んで前に進めるように、新しい恋をするし、その努力をするのだ。

 

先日失恋した友人N子が「今から海に行こうと思う」と連絡してきた夜8時半。

私は家で温めた無調整豆乳を飲みながら、Netflix約束のネバーランドを観ていた。
その日は、本来であれば私の家でN子とお泊まり会をするはずだった。

「海って、どこの?」私は電話をスピーカーに変え、花粉と涙(約ネバに感動して少し泣いていた)でグズグズになっている鼻をティッシュで拭いた。

「あそこ、覚えてる?前に一緒に行ったとこ。」
「あー、でもあの辺夜真っ暗じゃん。お化け出そうだし、危ないって。」
私は夜の海が苦手だ。真っ暗な先の見えない闇と大きな波音を聴くと、身が竦む。
「大丈夫だって、てゆーか、あと10分くらいで着くから暖かい恰好に着替えて」
「え?」
「もう大通りだから、あと10分くらいではるらっしゅの家に着くから」

電話が切れた後「暗いしマスクだし、化粧はいいか。」と、部屋着にダウンコートを羽織り、キャップを深く被った。
そして、鍵とケータイを片手に、私は慌ただしく家を出た。

 

元恋人から貰った物というのは、念が込められている気がして気持ちが悪い。
相手からの念ではない、自分の念だ。

 

私は元カレから貰った物は、基本的に全て燃やす。
父の趣味は焚火なので、昔から庭の一角に焚火台が設置されていた。
私はいつも、燃えるもの(本気を出せば大抵燃える)は全て段ボール箱に詰めて、薪と一緒に燃やす。

いわば火葬だ。
そのせいか、父は私の趣味が自分と同じ焚火だと勘違いしているようだ。
私が焚火台で物を燃やしているのを、例え明らかにおかしい煙の色を目撃したとしても、いつも優しい眼差しで見守ってくれている(多分何を燃やしているのかは、分かっていない)。

 

ただ、指輪だけは別だ。
私は皮膚が弱いため、基本的にネックレスやピアスを着けない。
唯一着けるアクセサリーが指輪だから、元カレ達はいつも私に指輪をくれた。
これだけはいつも何故か燃やせなくて、火葬した灰(残骸)と一緒に庭の土に埋めて、手を合わせる。お墓を作るのだ。
私が家を出た後も、失恋するたびに帰省して、毎回せっせと土を掘って埋めているので、母に「お前は犬か。」と心底嫌そうな顔をされる。

しかし、私にとってこれは儀式だ。物の処分でなく、感情の処分なのだ。
「今までありがとう、私が次に進めるように、彼への感情は今ここで死んでくれ。」という感謝と決意と願いを込めて、全てをそこに埋める。

 

誰でも失恋はしんどいし、その感情の整理方法も様々だ。
でも次の恋愛に進めるのなら、方法なんて何でも良いと思う。


はめていた指輪を轟音がする漆黒の闇へ放り込む。

 

すっきりしたような、少し悲しそうな、何とも言えないN子の姿を、コーヒー片手に後ろから眺めて、そんな事を考えた、とある春の夜のお話。

 

フェアリーゴッドマザーの不在《思い込みのお話》

幼い頃、当時の家のベランダからは毎日ディズニーランドの花火が見えた。
私はシンデレラの水色のドレスを着て、プラスチックのティアラを頭に乗せ、毎日飽きずにその花火を眺めていた。


私は信じていた。
いつかお姫様になって、白馬に乗った王子様と大きなお城に住むのだと。
私は信じていた。
私はシンデレラになれるのだと。

 

思い込みという言葉から連想されることは何だろう。
Googleで「思い込み」と検索すると1,310,000件がヒットするが、その大抵が「思い込みの壊し方」「思い込みから解放」「思い込みをなくす」などだった。
思い込みは世間ではあまり良いイメージがないようだが、私はそうは思わない。
今日のテーマは、私の思い込みに対する思い込みが変わった、そんな話。

 

そもそも、思い込みとは何か。
思い込みとは、ある物事について深く信じ、固く心に決めこと。
そして、自分が「これだ」と思ったことに対し、心が揺るぐことなく強く信じ込むことが「思い込み」と定義されている。
こう聞くと、周りからどんなことを言われようと、他に良い方法があろうと、その一案に執着し、信じ込むような【負のイメージ】を抱く方が多いかもしれない。

 

▽思い込みは自分を変える最強の魔法

「お前が強く望めば、何にだってなれるんだよ。自分は無敵だと思い込んで、思うままにやってみなさい。きっとうまくいくよ。」

高校受験の当日、ガチガチに緊張していた私に父が優しく語りかけてくれた言葉だ。

まだ考えが未熟だった私は、今までそういった思い込み(一種の自己暗示)を「ナルシストがする中二病野郎の思考」だと思っていたが、当日の私は普通ではなかった。
普段無宗教の私が、受験当日のその日の朝は神棚に土下座して動かず、ここに来て腹痛を起こしたかと母が狼狽えていたのだから。
藁にもすがる思いで、「私は最強私は無敵私は出来る」と呪文のように唱え、受験会場の門をくぐった。

 

思い込みは人を強くする。
例えば【火事場の馬鹿力】という【土壇場で普段では想像できないような力を無意識に発揮する】という意味の言葉があるが、これも思い込み(ある種の催眠状態)が人を強くするという、良い例えだと思う。「自分は出来る」と思い込み、それを信じて疑わない人間ほど強いものはない。

その日、直前の入試模試でC判定を受けていた学校を受験した私は、500点満点中475点という、今まで取ったことが無い好成績でその学校に入学した。

この経験が私にとって「思い込みは悪いもの」という思い込みを一掃してくれた出来事だった。

 

あれから様々な試練や困難があったけれど、父がくれたこの言葉は私にとって不動だ。
私はいつだって無敵だと自分に思い込ませて、いつもそれらに立ち向かってきた。

私達は何歳になっても、何にでもなれる。
「私は出来る」と思い込んで、しっかり努力を積み重ねていけば、願いは叶う。

ディズニープリンセスのドレスやプラスチックのティアラはもう似合わないけれど、それでもきっと、私が思い込めば、私は今でもシンデレラになれるのかもしれない。

 

画面の前のあなたもそう。
あなたが強く望み思い込めば、世界一美しいプリンセスやかっこいいヴィラン、アメコミに出てくるスーパーマンにだってなれる。
あなたの世界が、ほんの少しだけだけど、今以上に色鮮やかになる。
フェアリーゴッドマザーが居なくたって大丈夫。
思い込みこそが自分を変える最大の魔法なのだから。

 

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マグロになった齋藤さん《仕事の笑えるお話》

こんにちは。

雨が降ると髪の毛が爆発するはるらっしゅです。

朝に頑張ってセットして家を出ても、最寄り駅に着く頃には全部とれていて、セットに使った15分を返せと虚しい気持ちになります。

「髪を結べば良いのでは?」というお声も聞こえてきそうですが、如何せん私は顔が丸い。

その顔の丸さを隠すためになるべく髪は下ろしていたい。

そんな葛藤に日々苦しめられている、今日この頃です。

 

さて、私は雨が降ると必ず思い出す出来事があります。

本日のテーマは《仕事の笑えるお話》。

はるらっしゅが過去に遭遇した仕事の笑い話を、ノンフィクションでお届けします。

最近は少し真面目な話題が続きましたので、今回はお笑い回です。

さらりと読める文量ですので、ぜひ最後までお付き合いいただければ幸いです。

 

マグロになった齋藤さん

マグロは泳ぎ続けないと死ぬらしい。

マグロは口を開けて泳ぎ、エラを通過する海水に溶けた酸素を常に取り入れながら呼吸するラムジュート換水法で呼吸をしているためだ。

つまり、泳ぎを止めると酸欠状態で窒息死。

魚の世界も色々あって大変だと思う。

 

その日はどしゃぶりの雨だった。

雨の日の夕方は頭がぼーっとするので、コーヒーを買おうと、会社のビルの1階にあるカフェに行く途中、携帯が鳴った。

「今出先でさ、社用車の鍵を失くしたんだけど、どうしたらいい!?」

所長からだった。

言葉の意味が分からず「あっ、所長ちょっと待ってくださいね」と言い、のんきに店員さんにコーヒーを注文する私。

「いやさ、コーヒーっておま、、」
「あっ、ミルク多めで!」と、全くかみ合わない会話。

支払いが済んで、熱々のコーヒーをズズッと啜り歩きながら私は思った。

なぜ車の鍵がないと言っているのに、この電話からは走行音が聞こえているのか?

「所長、今車走らせますよね?座席の下にでも落としたんじゃないですか?」

私は携帯を耳と肩で挟み込み、エレベーターのボタンを押した。

「違うんだって、」事の顛末はこうだった。

 

所長はその日、部下の齋藤さんと二人で遠方に営業に出かけていた。

その帰り道、給油をしようと立ち寄ったガソリンスタンドで悲劇は起きた。

齋藤さんは何を思ったのか、鍵を車の屋根の上に置いて給油をしたそうだ。

(所長は車内で電話をしながらiPadを触っていたそうで見ていないらしい)

その後、無事給油が終わり、再び運転を再開した齋藤さん。

走り始めて約10分後、高速道路に入ったタイミングで彼女は一言こういった。

「あれ、、、所長。私、鍵どうしましたっけ?」

 

あまりのアホっぷりと事後処理の大変さに、もう笑うしかない私。

笑いを押し殺すように、咳払いを2回。

所長が電話をスピーカーにしているので、「はるらっしゅさん、これ止まったら終わりですか!?死んでしまいますか!?」と明らかにパニクっている齋藤さん。

そして、それに対して「大丈夫だ!はるらっしゅが何とかしてくれるから、いいから前見て運転してろ!」と声を張る所長。

所長、私JAFの人じゃないです。

 

とは言え、車の管理は総務の仕事。私は指示を出すために急いでデスクに戻り、電話をスピーカーにしてPCのロックを外した。

「どうした?」近くにいた別部署の部長が、電話の騒がしさにつられてやってきた。

「ああ、〇〇さん」部長の声が聞こえたようで、改めて事情を説明する所長。

「止まったら終わりってそれ、マグロじゃねーか」と爆笑する部長。

その笑い声につられて、我慢していた笑いが込み上げ、思わず吹き出す私。

しまいには所長も笑いだす始末。

「笑ってる場合じゃないんですって!」という齋藤さんの大声が虚しく響く(失くしたのは齋藤さんなんだけど)、笑いが溢れた雨の日の夕方。

毎日大変だけど、こういう笑いがあるから、この仕事は辞められない。

※所長と齋藤さんは無事帰社し、スペアキーを渡して事態は収拾しました。めでたしめでたし。

 

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水平線は淡く滲む《転勤のお話》

こんにちは。

街を歩く人々の半袖率が着実に増えている中、一人いつから半袖に切り替えたら良いのか分からず戸惑っているはるらっしゅです。

皆は一体、何を基準に半袖に切り替えているのだろうか。

汗だくになりながら長袖を捲り、首を傾げて行き交う人々を見つめている今日この頃です。

 

さて、私事ではございますが【Trinka×はてなブログ特別お題キャンペーン】で先日応募した2ドルチップに惚れるが優秀賞を受賞しました。

blog.hatenablog.com

まさか選んでいただけるとは思わず、腰を抜かしました。

おそらく皆様がスターをたくさん付けてくださったおかげで、審査員の方の目に留まったのだと思います。

皆様、本当にありがとうございました。

引き続きマイペースにこつこつと記事を書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

※賞金1万円の面白い使い道を募集します。何か思いついた方は、ぜひコメントをお寄せください。

 

ここからが本題です。

本日のテーマは【転勤】。

最近風向きが変わって、急速に人生が変わり始めていることを実感しています。

人生が変わり始めると、他人からの言動に変化が現れ、自分の心境にも変化が起きます。

今回は私の実体験とともに、人生の岐路とその決断について語ってみたいと思います。

所詮は他人事だもの

本社への転勤辞令が出たと伝えたら、両親は今生の別れのように嘆き悲しんだ。

最終的にはそんな姿を見て「私はなんて親不孝者なんだろうか」と自己嫌悪に陥り、涙を流す私を両親が慰めるという、謎の状況に陥った。

「30歳を超えた時点で、転勤はもうしません。その時は辞めます。」と公言はしていたが、まさか29歳で辞令が下るとは。

夏には他県へ引っ越しということで、今から色々と慌ただしいのだが、私は周りが引くほどの心配症だ。

知らぬ土地でなど、本当に生きていけるのだろうか。

2ヶ月で野垂れ死ぬ気がする。

「死なないように」と引っ越しまでのやる事リストを作ってみたら、箇条書きで作っているはずのやる事項目がWord3枚半を超え、途方に暮れた。

取り急ぎ、転勤先の近場に住んでいる知人達に連絡すると、彼らはこぞって「連れていきたい所がたくさんある!」「住むならうちの近所にしなよ!」「栄転だね!」などとお祝いの言葉をくれたけど、全て所詮は他人事だった。

私がどんなに不安を吐露しても、「はるらっしゅなら大丈夫」としか、皆は言ってくれなかった。

いや、そうとしか言えなかったのかもしれない。

 

それは送り手の問題なのか、それとも受け手の問題なのか。

分からない、それとも分かりたくないのか。

どうして大人になればなるほど、他人事はより他人事になっていくのだろう。

自分のことで精一杯になって、他人に興味がなくなるからなのか。

それとも、大人になって自分に決定権が生まれるが故に、そう感じるのか。

 

所詮は他人事だもの、他人からの慰めに縋る方が間違っている。

他人に何かアドバイスを求めても、そのアドバイスの根底には各々のエゴが含まれているように感じてしまう。

自分の人生には関係がないから、その場限りで適当な事を言っているように聞こえてしまう。

 

でもそれは、私が他人に期待しすぎている裏返しなのかもしれない。

本来であれば、私の事は私で決めて、その決定に私が責任を持たないといけないのに。

私のメンタルは私が保たないといけないのに。

弱くて卑怯な私は、いつもその役割を他人に擦り付け、それをやってもらって当たり前に考えていたのだと思う。

 

人の親切を仇で返すような事を言ってるくせに、不安に支配された私は、今日も誰かに慰められている。

見栄やプライドを綺麗に着飾った、弱くて醜い、ちっぽけな臆病者。

それが私の正体だと痛感し、鏡に映る歪んだ姿を見つめた。

そして奥歯を噛みしめながら、私は私を軽蔑した。

 

水平線は淡く滲む

雲と光が滲む水平線は灰色がかった水色で、そこには透き通るほど透明で淡い世界が広がっていた。

 

転勤の話が出た途端、不安と恐怖で押しつぶされたはるらっしゅ。

現実から逃避したい一心で予約したパラグライダーを経験したその日、私は緩やかな弧を描く水平線を見て、地球が丸いということを生まれて初めて認識した。

 

東京スカイツリーの展望台の高さを超える、地上400メートル上空の世界。

人が存在しない世界。

それは形容しがたい光景で、空気が薄いわけでもないのに、胸が苦しくて涙が出た。

 

初めての事は誰だって、何だって緊張する。

パラグライダーに挑戦したその日、私は緊張して眩暈がしていた。

会場へ向かう道中3回もコンビニに寄って、トイレで手汗を洗い流していた。

落ちたら即死という恐怖に屈し、一緒に予約していた友人に先に飛んでもらう始末だった。

でも、いざ度胸を決めて飛び出してみると、そこには見たことが無い、祝福の世界が広がっていた。

 

大人になると、生活環境はなかなか変わらない。

人は安定を求める生き物だからこそ、自分で一歩を踏み出さないと変わらないのだ。

今回の転勤は、そんな臆病で弱い私を変える好機だと分かっている。

だから私は、怖くて不安で今にも泣き出しそうだけど、震える足で一歩を踏み出すと決めた。

今まで積み上げたものを全て崩して、人生を一から作り直すと決めた。

耐える理由を探しながら、たくさんの答えを抱えながら、悩み抜いて私が決めた。

 

きっと大丈夫。

どうかこの選択が、私にとって好機となりますように。

そんな事を切に願いながら、私は淡く滲んだ水平線に背を向け、私が住む世界に向かって高度を落としたのだった。

 

あとがき

ということで、ただでさえ亀さんペースの更新ですが、生活が落ち着くまで、更に更新頻度が落ちるかもしれません。

わがままは承知ですが、どうか温かく見守っていただければ幸いです。

引き続き【スナックおはるのざれごと】を何卒よろしくお願いいたします。

※パラグライダーの動画はInstagramで公開!

 

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100万回死んだねこ《希死念慮のお話》

こんにちは。
気候がどんどん暖かくなり、めっきり日が長くなった今日この頃。
皆が淡く明るいカラーリングを注文している美容室で、一人黒染めを注文しているはるらっしゅです。

今まで様々な髪色に挑戦してきたはるらっしゅ。
30歳を目前にして、やっと悟りました。
そう、当たり前ですが、結局地毛が一番美しい。

よくよく考えたら、40歳を超えたらいずれ白髪が生えるようになって、嫌でもカラーリングをしなきゃなりません。
そう考えると、地毛で生きていける期間も残り僅かだと思い立ち、この度黒染めすることを決意いたしました。
30代は黒髪で過ごし、その分ヘアケアに力を入れようと決意している、今日この頃です。


さて、最近は著名人の悲しい自死のニュースや、悲しい事件のニュースが増え、なんとなく気持ちが塞ぎがちです。
きっとそんな気持ちは私だけじゃないはず。

 

よって、今日は少し真面目な回。
希死念慮》をテーマに据え、私なりにしっかり向き合って、語ってみたいと思います。
この記事が、お読みいただく皆様にとって命について考える良いきっかけになりますように。

100万回死んだねこ

希死念慮は誰にでもある。
私もあなたも、煌びやかなハリウッドスターもその辺のお寺の住職さんも、歴代のローマ法王だって、人である以上、ある日突然「死にたい」と思う事はきっとある。
でもそれは、本当は死にたいんじゃなくて、ただ楽になりたいだけなのかも。

このテーマを選んだきっかけ

芸能人の自殺のニュースが報じられるたびに、【いのちの電話】や【こころの健康相談統一ダイヤル】の案内がアナウンサーによって読み上げられ、「悩みを一人で抱えるな」と繰り返し報じる。
コメンテーター達は「後追いを防がねばならない」と口をそろえてコメントし、警鐘を鳴らす。

そんなニュースを見る度に、私は疑問に思う。
自分の人生は他人の意見に委ねず、自分の思うままに生きろと推奨し、あなたの人生はあなたのものと謳う世の中なのに、どうして自死を選んではならないの?

最近、朝っぱらからそんなニュースが流れ続けている。
ネットニュースのコメントランキング上位はそんな話題で持ち切りで、各々が各々の思想を語っている。

そりゃそうだ。
だってこんなこと、なかなか口に出して話せない。
希死念慮は、個人の思想が色濃く反映されるセンシティブな内容だ。
でも誰もが一度は考える事だからこそ、避けてはいけない話題だとも思う。
だから私もこの流れに乗っかって、自分の考えを書くことに決めた。

どうして自死はいけないの?

「心の病を抱えていたのでしょうか?」
著名人の突然の自死が報じられるたびに話題に挙がるテーマだ。
本当は皆、理由など分かっている。
分かっているけど、肯定したくないだけだ。

人の命は儚く脆い。
ピーターパンに誘われたウェンディのように、今の辛く憂鬱な気持ちから、ほんの少しの間だけ解放されたいだけ。
突発的な自死の理由は、そんな単純なものだったりすると思う。

だから、突然の訃報がニュースになると世間で驚きの声が続々と挙がるけど、多分一番驚き悲しんでいるのは、亡くなった本人かもしれない。

 

この記事をタグで見つけ出した人はきっと、今少し疲れている人だと思う。
楽な気持ちになりたくて、色々なサイトの記事を読んで、それでも納得出来ずに此処までたどり着いた人もいると思う。
だから私は、このテーマについてしっかり向き合った上で、今死にたいと苦しんでいる人にこう伝えたい。

とても生きづらい世の中だと思うのです。
他人は簡単に「人に相談しろ」なんて言うけど、そんなの無理。
あなたはたくさん悩み抜いて、そして死にたいという結論に至ったというのに、世間はそれを否定する意見ばかり。
そんなの、自分の意見を否定されたようで、見ていて辛いはず。

自殺志願者を止めようとして「生きなきゃいけない」と声高らかに主張する人がいるけど、それはただの呪縛であり、あなたを救える言葉じゃないと、私は分かっています。
「生きていなきゃいけない」と言い張る人は、自分が一生懸命に生きていることに価値があると思いたいから、他人もそうだと思い込みたいだけです。
自分の抱いている脆い価値観を守るために、あなたにその価値観を圧しつけているだけです。
命というものは、壊すのは簡単だけど、一度壊したら元には戻らない。
二人称の死は人の心を殺すが故、そして自分が他人の死によって傷つきたくないが故に、自殺をしてほしくないと騒ぎ立てているだけです。

死にたいと思う気持ちは、別に特別な事でも、悪い事でもない。
心を消耗してしまう程にあなたが頑張っただけ、それはとても立派な事です。
だから、そんな弱くて儚い自分を責めるのではなく、認めて労って良いと私は思うのです。

あなたは死にたいの?
本当は死にたいのではなく、ただ楽になりたいだけじゃないの?
もしそうなら、休むという方法で楽になりましょう。
だって死んでしまったら、味や快楽は勿論、幸せと感じる美しい感情すら、きっと無くなってしまうのだから。

こんな事を偉そうに語っていますが、私だったら自死を選ぶか?と聞かれたら、答えはNOです。
私はしょっちゅう死にたくなるけど、きっと絶対に、どんな状況下に置かれても自死は選びません。
だって、嫌でもいつか私は死ぬから。
それなら、死ぬのは別に今じゃなくてもいい。
そのうち切望しても生きられなくなるのであれば、今は一生懸命足掻いてみようと思うのです。

高層ビルから飛び降りたり、首をくくったり、毒を飲んだり。
死ぬための、その凄まじい度胸を幸せに生きるために使ってみても損はないはず。多分。

あとがき

不幸は【寒い・ひもじい・もう死にたい】の順番でやってきます。
温かい湯舟に浸かって、無理にでもご飯をたくさん食べて、それから好きなアニメや漫画を観て。
そして睡眠薬を1粒飲んで、さっさと寝落ちしてしまいましょう。

ちなみに私はしんどい時、【100万回死んだねこ】という本を読んで、毎回ばかうけしてます。

amzn.to

大丈夫。
寝てしまえばきっと、明日には少しだけ心が楽になっているかも。
辛い状況だって、少しだけ良くなってるかも。
死にたいという気持ちはPCのフリーズと一緒。
不調なら、寝て再起動してしまえばいい。
人の心なんて、意外と単純なんだから。

www.mhlw.go.jp

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よるべなき夜の羊たち《プレッシャーのお話》

こんにちは。いいえ、こんばんは。

ただ今の時刻は、深夜4時過ぎでございます。

昨日まで夜22時には欠伸をしながらベッドに潜り込んでいたというのに、今日になっていきなり眠れなくなったはるらっしゅです。

これでは明日の仕事に響くこと必須ですが、眠れない時は眠れない。

仕方なく、ベッドから這い出て筆を取った次第です。

 

眠れない夜に暗い部屋でベッドで横になり、天井を見つめているとネガティブなことを考えがちです。

将来のこと、恋愛のこと、仕事のこと。

色々な考えが巡って、余計に目が冴えます。

今回のテーマは【プレッシャー】です。

私はいつも文章を書く時、読んでいただく皆様が楽しめることを第一に心がけていますが、今回はいつもとは全く違います。

これは不安で押しつぶされ、眠れなくなった私のためだけに書く記事です。

どうかこれを書き終わる前に、眠気が訪れますように。

 

よるべなき夜の羊たち

暗い天井を見つめている。

身体が熱いような気がして布団を剝いでみたけど、身体の熱は引かず、剥いだ布団を掻き抱くようにしてうつ伏せになった。

目を閉じて羊を数えてみたけど、羊たちは一匹ずつ私の頭の中から外に飛び越えて、闇に溶けていった。

眠れぬ夜に数えたよるべなき夜の羊たちは、一体どこに行くのだろうか。

身体の熱も羊たちと一緒に、闇に溶けていけばいいのに。

 

枕元に置いたケータイを開きSNSを開いて、一覧を眺めながらため息をついた。

私と同じような投稿をしていた友人たちは、皆結婚した途端に新婚らしい手料理や旅行の写真ばかりを載せるようになり、子どもが出来た途端、SNSは総じて子どものアルバムと化した。

中には陣痛の実況中継をしている友人もいる始末。

お前の陣痛実況を聞きたがっているのは、傍にいる旦那と親だけだ。

文字を打ってる余力があるなら、力んでさっさと産んでしまえ。

そんな悪態を思いついてしまう自分に嫌気がさす。

 

最近、SNSを見るのが憂鬱だ。

年齢のせいもあるかもしれないが、皆が一斉に結婚し出産し始めた。

私だけ一人取り残された感じがして、彼女たちのSNSを見ていると胸がむかついてくる。

「我が子が一番かわいい合戦」を狭い世界の中で繰り広げ、毎日のように掲載されている赤ん坊たち。

他人の私からすると、正直全員同じ顔に見えるし、全然可愛くない。

猿を映しているとしか思えない写真たちに、心無い「いいね」を押す。

不安や嫉妬、憎悪や羨望をハートマークに擦り付けるように。

 

私は子どもが嫌いだと思っていた。

他人の子どもを見て「可愛い」とは思えど、欲しいと思ったことは一度もない。

でもそれは、もしかしたら私が子どもを産めないからそう思うようになっていたのかもしれない。

皆が易々とクリアする、その課題を私だけクリアできない、負け惜しみなのかもしれない。

 

分かっている、分かっているのだ。

両親をはじめとする周りが私に何を望んでいるかなど、手に取るように分かる。

きっと周りと同じように、平均的な人と結婚して子どもを産み、平凡な家庭を築く。

平和で温かくて、代わり映えのない退屈な毎日の主人公になること。

それが、私の周りが私に期待していること。

でも、どうしてもそれが出来なくて、私はいつも自己嫌悪に陥る。

 

要因は色々あると思うけど、大きく分けると以下二つだ。

まず一つ目。

結婚しなきゃと思うけど、結婚したいと思える人に出会えていないこと。

以前は簡単に恋に落ちていたのに、最近はめっきり恋が出来ない。

別に相手の粗探しをしているわけでも、男性恐怖症という訳でもない。

ただ、会う相手に男性としての魅力を一切感じていないのだ。

だから、そんな彼らと寝ても全く何も感じないし、また会いたいとも思わない。

彼らの考えていることなどに一切の興味がないし、触れられるのがそもそも不快だ。

こんな状態で、一体どうやって結婚をすれば良いと?

 

二つ目。

結婚と出産に、魅力と意味を一切見出せていないこと。

子どもを産んだ友人たちと会うと、彼女たちはどうしても所帯じみて見える。

それは老けたという話ではなく、自分の見た目に時間がかけられなくなった結果だ。

子どもが生まれれば、どうしても子どもが第一優先になるから致し方ないと思う。

しかし話を聞いていると、彼女たちの思考回路は、彼女たちの見た目以上に変化していることに気づく。

話す内容は子どもの将来のことばかりで、子どもにはどんな習い事をさせたいとか、受験はどうするかとか。

独身で子どもを産んだことがない私からすると、まるで自分の夢を子どもに擦り付けているように聞こえる内容ばかり。

私には、それが恐ろしく醜いことに感じた。

まるで自分の人生を諦めて、子どもにそれを託し、子どもが大成することで自分の承認欲求を満たそうとしているように見えて、それが不気味だった。

もちろん世の中には色々な人がいるから一概には言えないけど、私が見てきた女性たちの大半はそうだったから、それがスタンダードなのだと思っている。

 

結果、私には無理だと思った。

私は何よりも私が大切だし、莫大な金(養育費)と自分の人生を諦めてまで、子を成すメリットが一切見つからない。

そして、子どもを産まないのであれば、結婚をする必要性は一切ない。

だって私はいつも、恋人がいない時の方が、日々が楽しく感じてしまうから。

それはおそらく、高校生から26歳までの約10年間、恋人がいなかった時期がほぼなかったせいで、直近3年間の、この自由な感じが自分らしく居られて心地良く感じてしまうせいだろう。

 

こんな考え方だから、結婚や出産で皆がおめでたい中、私だけ何もおめでたくないという、悲劇的な構図が出来上がっているわけだ。

これが俗に言う【こじらせ】だと思う。

 

こんなことを偉そうに話しているくせに、SNSを見ては不安になって、両親からの圧力に縮こまってしまう。

私の望みと、周りからの期待から来る義務感がせめぎ合って、心がすり減っていく。

周りが結婚して出産するたびに苦しくて、焦る。

きっとこういう気持ちが、世のアラサー女子たちを婚活に走らせるのだと思う。

でもよく考えてみると、それは「周りと同じでいたい」というマウンティング本能から来ている見栄であって、自分の望みではないことは目に見えて分かる。

だから、こんな状態で結婚や出産などしたら、お先真っ暗だということも分かる。

好きでもない人の子を産んで、別れてシングルマザーになる。

悲劇過ぎて、親が泣くこと必須だ。

 

全く、我ながら情けない。

私が私らしく生きていくことが、私にとって一番幸せだというのに。

弱い私は、私が幸せに生きるために腹を括れず、ずっとうじうじしている。

そんな私が嫌いだし、情けないけど、それが私なのだから仕方ない。

結婚するにせよ、出産するにせよ、独身を貫くにせよ、私が幸せになれる選択を私自身で導き出せますように。

そのために、私はこれからもきっと悩み続けるのだと思う。

そんな私が情けなくて恥ずかしいけど、少し人間らしくて可愛くも見える、今日この頃です。

 

寝不足でぼやけた頭をリセットするために、窓を開けて空気を吸い込む。

夜が明けてきた。

眠れずに数えた羊たちが闇に溶け込んで、漆黒の闇が柔らかい白が滲む群青色に変わったのか。

眠れずに淹れたホットチョコレートは冷えきって、チョコレートが底に沈殿している。

それを一気に飲み干し、その濃さに顔をしかめた。

眠れぬ夜はいつもベッドの中でネガティブな考え事をして、最後には睡眠薬を飲んで寝落ちする私だが、たまにはこういう夜があっても良いのかもしれない。

不安を文章化したおかげか、何も解決してはいないけど、モヤモヤは薄まった。

大きく伸びをしてパソコンを閉じ、シャワーを浴びに浴室へ向かう。

さあ、週明け月曜日。仕事だ。

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花火に濡れる《恋愛感情のお話》

こんにちは。

GWに入ってはしゃぎ過ぎた結果、昼夜逆転生活になり、体調が悪いはるらっしゅです。

大学生時代は夜中の3時過ぎまで起きていることなど当たり前でしたが、この歳になると、如何せん体力が続かない。

「GWはゆっくり休めましたか?」という会話が社内で飛び交う中、ひとり連休前よりも疲れている私。(昼間に遊べば良いだけ。)

 

さて、GWになると街の雰囲気もにぎやかで、普段会わない人とたくさん会います。

そんな雰囲気に呑まれて、はるらっしゅも皆と等しく、少しだけ破目を外して遊び惚けておりました。

GWという言い訳で暫く執筆から離れていたせいか全く書けなくなっていて、「これが俗に言うスランプなのか」と動揺が隠せません。

 

よって、今回はリハビリ回です。

【恋愛感情の話】というテーマで、久しぶりに記事を書いてみようと思います。

文章の質が落ちているかもしれませんが、感覚を思い出しながら一生懸命に書きますので、どうぞ酒の肴にでもして、楽しくご覧くださいませ。

 

 

深夜12時の鉄塔

巷では「運命の人は3人いる」なんてよく言うが、私の場合、うち2人は既婚者だった。

その2人は既に誰か分かっているし、ともにその話を抵抗なくするので、互いに認める運命の相手だったに違いない。(残り1人は、絶賛捜索中)

先日の手相占いで「結婚は35歳、その前に結婚してもバツが付くよ。」と断言されたはるらっしゅは、今はフリーを楽しむ時期と割り切り、頑張って毎日を生きております。

 

フリーを楽しむのだから、誰と何を楽しもうが私の勝手。

GWのメインイベントの一つは、その運命の相手の1人だったUくんとの花火大会だった。

その日は2人でお寿司を食べていて、何か楽しい事がしたいと私が言い出した。

その後「夜の海で花火をしよう!」と、まるで大学生の夏休みのような計画を立てた私達は、花火とチャッカマンを買い込み、暗い夜の海に向かって車を走らせた。

 

夜の海はさざ波の音が大きく、そして重たく周囲に響く。

風が強くて火花が散りまくる花火を、私ははしゃぎながら振り回して、彼はそれを目を細めて眺めていた。

今思えば、服に火花が飛んでいたら穴だらけになっていたと思う。

そんな花火を早々にやり切り、暗い砂浜を2人で歩いた。

彼は「気持ちが良い」と風を仰ぎながら、缶ビールを飲んでいた。

私はそれを見て、笑っていた。

 

「大学生の夏休みのようだ」と私は彼に話しかけ、潮風を浴びながら大きく伸びをした。

「俺もはるらっしゅと同じ大学に通っていれば、こんな風に楽しかったのかな」と言ってビールを飲む彼に「そしたら、私と一緒になったの?」と聞きたい衝動を抑えて「きっとそうだったかも」と答えた私は、ここが暗闇で良かったと心から思った。

 

私は聖人じゃない。

私にだって嫌なことがあるし、嫉妬だってする。

私は彼のパートナーの話が嫌いだ。

そして、もしも話が何よりも大嫌いだ。

叶わぬ夢に思いを馳せることほど、心を消費し侘しくなることはないから。

 

彼には幸せになってほしいと思うけど、彼の円満な家庭の話など聞きたくない。

そして、そんなことを考えている私の姿は絶対に見せたくない。

だから静かに深呼吸をして、ゆがんだ醜い顔を綺麗な笑顔に戻す。

私は笑って、わざと彼のパートナーの肩を持つ発言をする。

本当は「こっちにおいで」と言いたい口を塞ぎ、彼が私にもたれ掛かってこないように。

私の歯止めが利かなくならないように。

 

そんな事を考えたせいか、その日の夜、私はいつもより少しだけ素直でわがままになった。

彼を帰したくなくて、深夜だというのに車を走らせ続け、鉄塔のイルミネーションを観に行った。

 

その道中、彼は服から露出する私の鎖骨が綺麗だと言った。

その一言で、私は確信した。

私は彼が好きだが、彼とは一生寝てはならないと。

 

彼はいつも私を頻繁に褒めた。

それが嬉しくて、私も彼を頻繁に褒めた。

きっと私達は互いに対して、ある種の憧憬を抱いている。

でも、一度でも彼に触れたらそれは砂の城のように崩れ去り、そしてこの関係は終わる。

なんとなくいつも、そんな気がしていた。

 

彼の中の私は、どうかずっと綺麗でいてほしい。

人間らしい生臭さや感触など微塵も感じず、まるで無機質な人形のような存在で。

彼と一緒に見たこの鉄塔のイルミネーションのように、触れられないけど、ずっと綺麗で見ていたい、そんな存在でいてほしい。

 

車など全く走っていないのに律儀に点滅する信号に停められ、ため息をつく。

道路工事の明かりをぼんやりと見つめながらそんな事を考え、深夜1時過ぎの環状道路の光が少し滲んで見えた。

 

けだるい背中

背中がけだるいし、身体からいつもと違う甘いにおいがする。

寝ぐせで乱れた髪をかき上げて、彼がテーブルのリモコンの下に隠すように置いた一万円札を後目に、ため息とともにアフターピルを飲み込んだ。

 

長期休暇になると、学生時代の友人達が地元に帰ってくるので、私のGWの半分はいつも同級生との食事会で埋まる。

約10年ぶりに会ったYくんは、相変わらずの人懐っこい笑顔と言葉で私を笑わせてくれた。

言葉尻の癖や、優しい所作やにおい。あれから何年も経つのに何も変わらなくて、それが無性に嬉しくて、童心に帰ったように笑った。

 

きっかけは私。

何の気なしに見ていたSNSで彼を見つけ、懐かしくて連絡した。

それだけだった。

「今度会えたら良いね、連絡して」という社交辞令半分の願いを、彼は律儀に叶えてくれた。

そういうところが、昔から好きだった。

 

私はいつも、人に合わせて酒を飲む。

飲まない人と一緒に食事をする時は、一部例外はあるが、基本的に一滴も酒は飲まない。

一方で酒豪と食事をする時は、自分の飲むペースを落として、相手と同じ量を飲んでいるようにうまく演出する。

彼の場合は後者だった。

多少陽気になるとは言え、飲んでも飲んでも変わらない彼を見て、この後の展開など容易に想像できた。

 

私が憧れていた彼もまた、私と同じ人間だった。

彼はあの頃と何も変わらないのに、それにときめかなくなった私は、一体何が変わったのか。

彼に憧れていた頃の昔の私だったら、きっと喜んだであろうこの状況が、どうしてこんなに虚しいのか。

朝方「寒い」と言って布団に潜り込み、服の中に入ってくる手の感触を感じながら、小さくため息をついてそんな事を考えた。

 

私は最近、セックスが嫌いだ。

嫌いというより、けだるいのだ。

昔は興味があって色々試したが、この歳になると如何せん飽きる。

誰としたって誘い方から果て方まで、全部全部ワンパターン。

そんな事をしている暇があったら、睡眠時間を確保したいし、そんな退屈なセックスしか出来ない自分が心底嫌になる。

だからこそ、私はもう好意のある相手とじゃないと出来ないのかもしれない。

 

先日友人が「旦那は要らないけど、とりあえず子どもがほしい」と話し、それを笑いながら「分かる」と聞いていた私だが、あれは訂正する。

今の私は好きな人が欲しいのであって、仮初の旦那はおろか、子どもすら全く欲しくないのだと思う。

だって、最中私はずっと、アフターピルのストック場所を思い出そうとしていたのだから。

 

コップをシンクに置き、テーブルに近づいて、置かれた一万円札の意味を考える。

何も考えていなかったのか、昨日の飲み代として置いて行ったのか。

あるいは、私がそういう避妊をすることを見越しての薬代だったのか。

少しおいたが過ぎたなと反省しつつ、一万円札をつまみ上げた。

なんだか今のこの状態が少し滑稽で、彼も彼でやらかしたと思っているのだろうと想像するとそれもまたおかしくて、思わず「ふふっ」と笑いが漏れた。

それを静かに財布に閉まって、けだるい背中をほぐすために伸びをする。

けだるいのは背中なのか、それとも心か。

ため息をひとつついて、私はシャワーを浴びに浴室へ向かった。

 

好きになってくれる人を好きになれたら

告白を渋る人の背中を押す時に、いつも言うセリフがある。

「告白されて、嫌な気持ちになったことある?少なからず嬉しいじゃん。だから、迷惑になんてならないし、勇気を出して告白してみなよ。」

すまんが、あれは嘘だ。

私は、私が好きだと思えない人から告白されても心は動かないし、全く嬉しくない。

むしろ、どう断ったら後腐れがないか頭を抱える始末だ。

 

しかし一方で、明らかにタイプでない人でも言い寄られて、とりあえずで付き合ってみたら上手くいき、結婚にまで至ったカップルをいくつも見てきた。

そんな彼らの結婚報告のSNSを見て思う。

自分を好きになってくれる人を自動的に好きになれたら、どんなに楽か。

 

最近、めっきり恋愛が出来なくなった。

以前はあっという間に恋に落ち、あっという間に寝てたのに。

歳を重ねるごとに、どんどんときめかなくなって、人を好きになれなくなった。

 

こんな私でも良いと言ってくれ、付き合おうと提案してくれる人達は、一体私の何を見てそんな事を言うのか。

「私のどこを気に入ったの?」と聞くと、「優しい」「頭が良い」「育ちが良さそう」と取って付けたような言葉を並べて、まるで私が聖人のような口ぶりで内面を褒めてくれる。

でも、私が陰でこんな生活を送って、こんな事を頭の中で考えていると知ったら、果たして彼らはどう思うのだろうか。

 

時々、全部話してしまいたくなる。

男性が女性を好きになる時は一目惚れしかないというのに、何を取って付けたような、下手な口説き方をするのか。

私は優しくもないし、頭も良くないし、育ちも別に良くない。

人並みに遊ぶし、人並みに過ちだって起こす。

あなたの褒めるその私は、あなたの中で出来上がったイメージ像であって、結局私の事など何も見えていないじゃないか。と。

 

全部ばらして、彼らの表情が歪んでいく姿が見てみたい。

そんな衝動を腹に抱えながら、私はいつも願っている。

白馬の王子様じゃなくていいから、私の醜さを見て欲しいと思える、私が愛せるたった一人がいつか現れますように。と。

 

あとがき

執筆はスポーツと同じで、1日さぼると感覚を戻すまで3日はかかることを痛感しました。

書くこと自体がなんだか難しくて、GW前の自分が凄いなと思う、今日この頃です。

少しずつ感覚を取り戻せるように頑張りますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 

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2ドルチップに惚れる《英語のお話》

こんにちは。

桜が散って一気に暖かくなったので、ようやく重い腰を上げてランニングを始めたはるらっしゅです。

健康診断まで残り2ヶ月、最低でも4㎏は体重を落としたく、毎日奮闘中です。

と言いながら、会社のお客さんから貰ったフルーツ大福を食べてこの記事を書く、今日この頃。

先行きが不安過ぎる…。

 

さて先日、新型コロナのニュースを観ていた際、海外でのマスク着用の緩和について報道がされていました。

少しずつ日常生活が戻りつつあるように感じ、とても嬉しかったです。

皆様は新型コロナが落ち着いたら、何をしたいですか?

私は真っ先にこう答えます。

「もう一回、ラスベガスに行きたい。」

 

今回のテーマは《もしも英語が使えたら》。

私が以前旅行した、アメリカ・ラスベガスの思い出話をざれ言チックに語ってみたいと思います。

どうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。

 

 

赤いドレスのサンタクロースとチャイナブルー

「ラスベガスのカジノにはドレスコードがあるから、綺麗なドレスを一着用意してね」と会社から指示された私は、背中がざっくり開いた赤いマーメイドドレスを意気揚々とトランクに詰め込んだ。

 

新型コロナが流行る前、私が勤める会社では年に一回表彰式があって、成績優秀者に海外旅行がプレゼントされていた。

私が過去にその賞を受賞した際、その旅行先がラスベガスだったわけだが、日程が12/22~26と、クリスマスシーズンのど真ん中。

こんなの、テンションが上がらないわけがない。

マライアキャリーのクリスマスソングを爆音で流しながら荷造りをする私を、母は「迷子になったりしないかしら」と不安げに見つめていた。(この不安は、のちに的中する。)

 

同じ賞を受賞した同僚たちと成田空港から飛び立ち、片道約14時間。

道中の国内線では、羽が錆び付いた飛行機にミニスカサンタのおばちゃんCA、しまいにはサンタ帽を被って飛行機を操縦するパイロットを見て命の危険を感じ震えたが、その心配は杞憂に終わった。

 

はじめてラスベガスに降り立った感想は一言「砂漠」に尽きた。

YouTubeやネットの世界で観た、あのキラキラ街はどこ?

え、私が乗っている車と並走しているあれは何?鹿?

砂漠では使えないであろう、ドレスを詰め込んだトランクを抱えて震えるはるらっしゅだったが、考えてみればそりゃそうだ。

ラスベガスは、近くにグランドキャニオンなどがあるような自然豊かな土地。

さすがにハイヒールでは広大な自然の中を歩けないと思い、現地でスニーカーを購入して、大地を駆け巡るはるらっしゅ。

とっても楽しかった。(同僚からは、はしゃぎ方が猿だと言われた。)

 

夕方からは宿泊先のホテルに向かうべく、ようやくあのキラキラ街に移動したわけだか、とにかくネオンが凄い。

夜に街中を走るのに車のライトが必要ないくらいの彩光で、そのネオンに負けないぐらいに私の目もギラギラと輝いたが、その5時間後に弊害を知る。

察しが良い方ならお気づきだろう。

そう、外が眩しすぎて眠れないのだ。

遮光カーテンを閉めても明るいって何?

遮光の概念とは?

私は幼少期から真っ暗闇でないと眠れない。

エアコンの電源ランプが付いてるだけでも気になって眠れないのに、日本でいう夕方4時くらいのこの明るさの中で、どうやって眠れと?

時差ぼけの影響か、隣でいびきをかいて寝ている同僚を後目にため息をついて、私は静かにトランクを開けた。

 

ラスベガスにある全てのホテルの1階は、カジノになっている。

「眠れないのにベッドに横になっていても仕方ない」と、冒頭に登場した赤いドレスを身に着け、小さなハンドバッグに10万円のキャッシュと煙草を忍ばせた私は、一人でカジノへ向かった。

 

現地時間で22時を回った1階のカジノは、様々な国籍の着飾った人で溢れかえっていた。

受付の黒服さんが丁寧にドアを開けてくれて見た、その煌びやかな光景が今でも忘れられない。

まるで舞踏会に来たシンデレラのような、そんなロマンチックな光景だった。

日本で背中の開いた赤いドレスなどまず着ないし、ピンヒールだって履かない。

非日常なその空間に気後れした私は、カジノの奥にあるカウンターバーでチャイナブルーを注文し、その光景をただ眺めていた。

 

チャイナブルーを飲み切る頃、綺麗なスーツを着た一人の長身男性が私に声をかけた。

名前はアンドリューで、30代の既婚者だった。

彼は私を中国人と勘違いしていたそうで、片言で「你好」と挨拶してきた。

それが無性におかしくて笑ってしまい、「おかしかったかな」と言う彼に「私は日本人です」と答えた。

彼は一瞬驚いた顔をしたが「綺麗な黒髪だったから、てっきり中国人かと思ったよ。」と笑った。

彼はラスベガスに観光に来たイギリス人で、私と同じく眠れずにこのカジノを徘徊している宿泊客だと言った後、「奥さんは部屋でぐっすり眠ってるけど」と苦笑した。

その後、意気投合した私達はそれぞれ10万円を使ってルーレットをした。

私の10万円は13万円になって返ってきたけど、アンドリューの10万円は7万円になってしまった。

私は落ち込んだが、彼は「君が勝ったから僕も嬉しいよ」と言って笑ってくれる、優しい人だった。

 

非日常な空間でお酒を飲むと、酔いの回りは各段に早まる。

その後テンションが爆発した私達は、カジノで残ったドル札を片手に、真っ赤なドレスとスーツ姿でホテルを抜け出した。

ネオン街を散歩し、ベラージオの噴水を観て、彼と色々な話をした。

 

私は、拙なくてゆっくりとした英語しか話せなかった。

その日ほど、もっと英語が話せればと悔やんだ日はなかった。

アンドリューは私の拙い言葉を理解しようと一生懸命に聞いてくれて、私はそれが嬉しくて、私達は夜通し話をしたのだった。

 

明け方、彼は私をホテルの自室に送り届けてくれた。

あえて連絡先は聞かなかった。

良い思い出として残しておきたかったから。

 

ここで終わればロマンチックなのに、これで終わらないのが私だ。

部屋に帰ると、同室の同僚が泣いていた。

「どうしたの!?」と駆け寄ると「はるらっしゅー!!」と抱き着かれた。

事態が読み込めない私は、「よかったー」と泣く同僚の背中を擦りながら、ベッドサイドに置いてある私のケータイのロックを外した。

着信67件。なにこれ。

戸惑いを隠せないまま、その着信履歴を見ていると、そこにまた着信。

震える指で通話ボタンを押すと、一緒に旅行に来ていた先輩から「お前!今どこだ!」と怒鳴られた。

「今は、部屋です」と答えると「そこにいろ!」と電話が切られ、その30秒後にインターフォンが鳴った。

 

開口一番に「ここは日本じゃないんだから、出かける時は誰かに声かけなきゃ心配するだろ、せめてケータイは持っていけ。」と大激怒な先輩たち。

「ほんとに心配したー、私が寝ちゃったせいではるらっしゅが行方不明になったかと思って」と泣いている同室の同僚。

彼女の背中を擦りながら、状況を整理した。

 

要はこういう事だ。

同僚が目を覚ますと、私は部屋から忽然と消え、ケータイは置きっぱなしで連絡も付かない。

待てど暮らせど、はるらっしゅは戻ってこない。

「いよいよまずい」と一緒に旅行に来ている先輩たちに相談すると、皆が心配して私を探してくれた。

 

今思えば、かなり申し訳ない事をした。

そりゃ、私も逆の立場だったら心配すると思う。

「皆さん、ご迷惑をおかけしました。」と頭を下げながら、彼が買ってくれたサンタクロースのキーホルダーを手の中に隠した。

皆が私を探してくれている中、イケメン既婚者とデートしていたなど、口が裂けても言えない。

この思い出は職場の人には内緒にしておこうと決めた、ラスベガス2日目の朝だった。

 

2ドルチップに惚れる

ラスベガス観光1日目にして行方不明になりかけた私は、その後、先輩たちの監視下に置かれ、不機嫌にオレンジジュースを啜っていた。

 

私の海外旅行最大の楽しみはいつも、一人で散歩をすることだった。

誰に気を使うわけでもなく、のんびりと街を見てウィンドウショッピングがしたいのだ。

そもそもなんで旅行なのに、会社の人と一緒に行動しないといけないの。(会社の金で来た旅行だからだよ。)

 

人は簡単には変われない。

25日のクリスマス、我慢の限界に達した私は「お散歩してきます」と部屋に書置きを残し、夕方の街に繰り出していった。

 

今回は赤いドレスではなく、スキニーパンツにスニーカーというラフな装いでお散歩。

途中、黒人のお兄ちゃんに声をかけられてコカ・コーラショップまでの道を案内してもらったり、おすすめのごはん屋さんを教えてもらった。

おすすめされたのが、【セクシー】という名前のお寿司屋さんだったのが何とも言えなかったけれど。

 

これは街をぶらりと散歩して、あるドラッグストアに入った時の出来事。

母や妹、友人に配るお土産を買うべく、コカ・コーラショップやM&M'Sショップに立ち寄ったが、全く良い品が見つからない。

自分の物ばかり買って軍資金が少なくなり、両手に紙袋を引っ提げて「どうしたものか」と立ち尽くす始末。

結局「ドラッグストアで手頃なマニキュアを大量に買って、配ればよろし」という結論に至って、ホテル近くのドラッグストアに立ち寄ったわけだが、レジで会計をする際に衝撃的な事実を知る。

 

2ドル足りない。

どう数え直しても、会計で2ドル足りないのだ。

財布に入っている金額が会計に足りないなど、恥ずかしい事この上ない。

静かにパニックになるはるらっしゅ。

一旦何か商品を抜こうとカゴの中身を物色している時、レジのお兄さんが自分の財布を取り出して、トレーの上に2ドルを置いた。

一瞬何が起こったか分からずにぽかんとした後、事態を察して「いいです!商品抜くので、大丈夫です!」と言うと、彼はにっこり笑ってこう言った。

「いいんだよ。少ないけど、僕から君へのチップだよ。」

 

一瞬にして惚れた。

人生において、ここまでときめいた記憶が、今も昔も多分ない。

私は「あああっあ、ありあ、ありがとう」と、動揺が隠せないどもり方でお礼を言い(しかも日本語)、それを聞いた彼は笑いながら、片言な日本語で「どういたしまして」と言った。

あまりにそれがかっこよくて、恥ずかしくて、私は逃げるように店を出たのであった。

※帰ったら、また先輩たちに「言葉も通じないのに、一人じゃ危ないんだってば。せめて誰か連れてってよ。どうして分かってくれないの?」と諭された。

 

もしも英語が使えたら

もしも英語が使えたら、私は今すぐラスベガス行きの飛行機に飛び乗って、彼が勤めていたドラッグストアにもう一度行きたい。

彼はもうあのお店にはいないだろうけど、それでも会いに行きたいと思うのだ。

 

現代はAI機能が進歩して、翻訳機能を搭載したツールが世にたくさん出回っている。

それらを使えば世界中の人と話ができるけど、私はやっぱり自分の頭で考えた表現で、言葉で、話がしたいと思う。

 

あれから何年も時が経ったけど、彼のことを忘れることが出来ない。

それは憧憬か、あるいは後悔か。

だから私は、もしも英語が使えたら「あの時は、チップをありがとう」と、あの時の彼にちゃんとお礼が言いたい。

 

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「書く」ということ。《読者100名突破記念》

こんにちは。

最近はキャンドルを灯した部屋で、エモい曲をかけながらホットチョコレートを飲んでブログを書くのが至福なはるらっしゅです。

どんどん引きこもりになって出会いは減り、糖分の取りすぎで顎にニキビが出来ました。

色々と詰んでて、辛い。

 

さて、この度《スナックおはるのざれごと》の読者登録数が、めでたく100名を突破いたしました。

開始2ヶ月で100名を突破できるとはさすがに思わなかったので、非常に驚いています。

私の駄文にスターをくださったり、温かいコメントをくださる皆様、本当にいつもありがとうございます。

より読みやすく面白い文章が書けるように精進して参ります。

引き続き温かく見守っていただけますよう、どうぞよろしくお願いします。

 

ということで、今回は【読者100名突破記念】と題し、私が文章を書くようになったきっかけと、文章を書く際に意識していることをざれ言チックに語ってみたいと思います。

どうぞ、最後までお付き合いいただければ幸いです。

 

 

本の虫★はるらっしゅ少女の憂鬱

私は、本の虫界においてのディープインパクトサラブレッドである。ひひん。(馬の鳴き声)

というざれ言はさておき、私の両親は生粋の本の虫です。

そして私も、自他ともに認める本の虫です。

 

本というものは、読めば読むほど読む速度が上がっていくものですが、私はもともと文章を読むスピードが速かったようです。

そのスピードは、小学生時代に祖父母の家でハリーポッターを1冊1時間半で読み切り、祖父に「せっかく買ってやったのだから、ちゃんと読みなさい」と怒られ、「ちゃんと読んだもん」とあらすじを詳細に語り、祖父が「こいつは神童か」と腰を抜かした逸話が残るほど。

 

しかし、長年色々な本を読んでいると、内容がマンネリ化してきます。

当たり前です。人間の脳の造りは皆同じなのですから、想像には限界があるのです。

 

ある日、暇を持て余してアガサ・クリスティのミステリー小説(たしか【蒼ざめた馬】だったはず)を読み切り、ため息とともに本を閉じた私は閃きました。

「読みたい本が無いなら、作ればいいじゃない。」

私が文章を書き始めたのは、そんな事を考えた10歳の夏の日からでした。

 

小説を書いたことがある方には、もしかしたら共感していただけるかもしれません。

小説を書いている間、私は神様になれます。

私の小説の中に登場する登場人物達を、私は思うがままに動かすことが出来る。

私が望む希望や絶望、そして愛を創出することが出来る。

小説を書き始めた当時、それがたまらなく面白かったのです。

私は様々なジャンルの短編小説を学習ノートに書き綴って、それを鍵付きの引き出しに隠し、勉強するフリをしながら夜にコツコツと書き進め、そして空想に耽っていたのでした。

 

父のスパルタ教育と大学の課題レポート

大学を指定推薦枠で合格していた私は、周りが受験勉強で白目を剥いている中でけん玉に熱中している、どこにでもいる暇を持て余した女子高生でした。

「なぜけん玉なの?」と聞かれると困るのですが、なぜか当時私はけん玉に熱中しておりました。

ツバメ返しという名人技を習得しようと練習していた最中、玉がおでこに直撃し、「怪我の仕方がアクロバティック過ぎるんだわ」と受験勉強をしていた友人達に保健室へ連れていかれた記憶がございます。

皆、当時は邪魔してごめんよ。

 

受験が終わればそんな風に私が堕落することは、大学も承知済みだったのでしょう。

それを防止するための策なのか、私が入学する大学では、推薦合格者に対して、月に2種類のレポート提出が課されていました。

当時の高校生は、情報の授業でしか触らないパソコン。

周囲は苦戦していましたが、私はけん玉に熱中できる程度には余裕がありました。

なぜかというと、私の家庭教育が少し特殊だったからです。

 

私が生まれた1990年代初頭、パソコンはまだ希少品でしたが、私の父はITエンジニアだったため、当たり前のように家にパソコンがありました。

そして「これからの時代はパソコンが使えなきゃだめだと思う。」ということで、父は私が5歳の時に、当時流行っていたポンキッキーズのPCゲームを買い与え、「ただでさえ、ピアノと水泳と塾で疲れてるのに」という母の制止も空しく、私にパソコンを教え始めたのです。

買い与えたゲームはタイピングゲームでしたが、幼稚園児はローマ字が分かりません。

当時ピアノの鍵盤のドからドまでも届かないような小さな手で、ひらがな入力を少しずつ習得するはるらっしゅ少女。(かわいい)

 

後日知りましたが、日本国民のおよそ90%以上が、PCでの文字入力の際にローマ字入力を選択していて、残り10%の「かな入力」選択者は、ほとんどがITエンジニアだそうです。

 

父のおかけで、今ではローマ字とひらがな、どちらもブラインドタッチが出来ます。

ただ、ローマ字よりひらがなの方が、タイプ量が1/2で済んで早く文章が組み立てられるので、普段はひらがな入力でタイピングをしています。

ひらがな入力は、ローマ字とは違い、かなりアクロバティックな手指の使い方をするので、周りからはよく驚かれます。(この記事もひらがな入力で打っています。)

 

さて、話を戻します。

レポートは、作文や小論文とは比べ物にならないような文量を書きます。

今まで【〇文字以内】という制限の中で削り削り文章を組み立てていた私は、字数制限無く思いっきり文章が書けるのが、とにかく楽しくて仕方ありませんでした。

入学する学部が心理学部ということもあって、内容自体も興味があり面白く、鼻歌を歌いながら課題をこなし、コツコツとレポートを提出するはるらっしゅ少女。

 

そんなある日、【睡眠】についてのレポートを提出した時の事です。

家に帰宅すると、父がとても嬉しそうに私を出迎えてくれました。

何事かと聞くと、私が留守中に大学から自宅へ電話があり、父がその電話を取ったそうです。

光栄なことに私のレポートの出来が良く、教授が直々に電話をくださったそう。

「まるでエッセイを読んでいるようで、一瞬で読み切った。娘さんはエッセイストに向いている。」と大絶賛だったようで、父が「鼻が高い」とそのレポートを読みたがりました。

まさかそんな事になるとは思わず、少し恐縮しながらレポートデータを渡すと、父は興味深そうに目を細め、その後、私の目を見て「お前の文章は、読みやすくて面白い。」と笑って褒めてくれました。

 

今でこそ丸くなって優しい父ですが、学生時代はかなり厳しい人でした。

小学生の頃からテストで80点台を取ると「点数が低すぎる、なぜもっと頑張れないのか」と私の頬を平手打ちしアイスノンで冷やすのは日常茶飯事だったし、真冬に家から閉め出されたこともあります。

そんな父からこんな風に褒められたのは、おそらくこの時が初めてで、すごく嬉しかったことを鮮明に覚えています。

それ以来、私は文章を書くことが何よりも好きになりました。

 

文章を書く時に最も意識していること

そんなこんなで、今では文章を書くことが私の一番の趣味になりました。

普段はこのようなブログを書いたりしていますが、昔と変わらず小説を書くことも好きです。

20代最後の今年は、ぜひ一冊書き切って、公募に出そうと思っています。

 

投稿数が増えるにつれて、コメントで「文章が上手い」とお褒めいただくことが増えたり、InstagramTwitterのDMで、文章を書くコツを質問いただくようになりました。

私はずぶの素人ですが、そんな事を聞いていただけるなんて大変光栄なので、この場を借りて文章を書く時に意識していることを、少しだけご紹介したいと思います。

 

私が文章を書く上で、最も意識していること。

それは「小気味よい、読みやすさ」です。

 

【書く内容によって、文体と視点を変える】というのは、物書きをしている方であれば、皆が意識していると思います。

例えば、小説を書く時は第三者目線のである調だけど、エッセイを書く時は私目線のですます調など。

 

私のブログは基本的にエッセイ調で記事を整えていますが、過去の回想は小説チックなである調にして、ストーリー風にすることで読みやすさを演出できるように努めています。

 

私がエッセイ調の文章が一番好きですが、実はこれが一番書きにくい。

人に読ませるエッセイの文章は少し特殊で、日記のような文体とは少し異なります。

語りかけるような、でも話し言葉とは違う。

言葉に表すには微妙で難しい、結構特殊な文体だと思ってます。

 

では、そのような文体はどのようにして書くのか。

それは「音読」です。

私はいつも、最初の40分間で自分の書きたい文章を一気に書き上げます。

その後の20分間は、一文ずつ声に出して読み上げながら文章を校正していきます。

ポイントは【その一文が一呼吸でスムーズに読み上げられること】。

これだけです。

どもったり詰まったり、あるいは違和感を感じる文章は全て書き直します。

 

皆様もしている当たり前の内容かもしれませんが、音読をすることで自分の考え方や伝えたいことが上手に整理でき、読みやすい文章が作れます。

素人の意見で恐縮ですが、良ければ参考にしてみてください。

 

最後に

実家の物置に、当時書いていた短編小説たちがダンボールに入って眠っています。

先日実家に帰った際、約20年ぶりにそれを開いて読んでみました。

小学生の汚い字で、一生懸命に書いてあるそれを読んでいると、当時の記憶や心情が鮮やかに甦ってきて、感慨深い気持ちになりました。

あの頃は純粋に書くことが楽しかったし、自分の書いた作品を、自信を持って好きだと言えました。

 

きっとこれからも私は、文章を書くことを止めないのでしょう。

「書く」ということは、今も昔も、私にとって喜びだから。

昔の私と同じように、私が生み出す文章を私自身が好きだと胸を張って言える、そんな記事を生み出していきたいと思う、今日この頃です。

 

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