頑張ってって言わないで《新生活のお話》
こんにちは。
先月末より都会人になったはるらっしゅです。
約1ヵ月更新を止めてしまいましたが、皆様変わらずお元気でしたでしょうか?
本日から更新を再開しますので、改めましてどうぞよろしくお願いいたします。
さて、最近の私はというと、夏の暑さに慄き、慣れぬ土地にひれ伏しております。
地下鉄の路線図の案内図をじっと見つめ、自分がどこにいるのか分からなくなる日々。
たくさんの人が行き来する道に立ち尽くして、埋まらぬ孤独を見つめる日々。
これが俗に言うホームシックというものなのか。
とはいえ、書き物をする上で孤独は良い材料になる上、そのうちこのホームシックは消えてなくなる。
だからこそ、今感じることも思うことも素直に受け入れて、この刺々しい繊細な気持ちを上手にアウトプットしていきたいと思う今日この頃です。
さて、本日のテーマは【新生活】。
引っ越し後に起こった出来事や考えた事等をざれ言チックに語ってみたいと思います。
炭の喰われ熊
「向こうでも頑張れよ、これ餞別。」と先輩がくれた北海道のお土産は【木彫りの熊】もどきの【炭の食われ熊】だった。
化け物級に肥大した鮭に食いつかれた熊の悲痛な顔が何とも言えず、その顔を見つめていると向こうでの生活が不安になって、なんだか無性に泣きたくなった。
ばいばい、私の地元。
「二度と引っ越しはしたくない。」と思うくらい、それくらいに全てが大変だった。
体力的・精神的に結構追い詰められていた私。
あまりに引っ越したくなさ過ぎて、引っ越し一週間前から当日まで、睡眠時間平均3時間の生活を送っていた。
よくぞ生き永らえたと自分でも感心するが、思い返すと、昔何かで「人間は三大欲求のうち2つが満たせれば生きていける」と聞いた事があり、私の場合はまさにそれだった。
四六時中お菓子を貪り、イケメンアイドル達をYouTubeで観る日々。
堕落に堕落を重ねた私は、引っ越しセンターの箱に囲まれながら徐々に闇落ちし、儚く散っていったのであった。
とはいかない。
文章としてはまとまりが良いが、闇落ちしている場合ではないのだ。
実際かなり忙しかったので、引っ越しまではあっという間だったし、寂しいという感情を持ち合わせる余裕もなかった。
やっと寂しいと思えたのは新幹線の中だった。
目まぐるしく変わる風景の中で、色々な事を思い出した。
思い返せば私は、小学生から今まで地元を離れたことが無い。
全部ここで経験して、全部ここに置いていく。
人生の1/3に差し掛かるこのタイミングで、こんな大きな人生の転換期が来るなんて、夢にも思わなかった。
「入社当時は、30歳なんて既に子どもを産んで育ててる予定だったんだけどな。」
缶ビールを片手にそんな事を考えて、どんよりと曇った風景を見る。
次帰ってくるときはきっと、都会の饐えた女になっているかも。
それとも、気品溢れる垢抜けた都会ОL?
分からないけどきっと、今の私でないことは確か。
次に帰ってきた時には、こんな気持ちになんてならないのだろう。
こんな憂鬱さも、胸の痛みも感じないのだろう。
ばいばい、私の地元。
はじめまして、私のおうち。
バルサンをして火災報知器が鳴るなんて、誰も教えてくれなかった。
そんな怒涛の引っ越し初日は、ひたすらに掃除に明け暮れていた。
玄関に盛り塩をしたり、一休さんの如く凄まじい足音で床拭きをする音に、おそらく隣人と下の階の住民は度肝を抜いたと思う。
狭いかなと心配していた新居は、物を置いてみると意外と物が収まって、馴染みある家具たちが余所余所しい新居を中和し、あっという間に我が家になった。
なんだろう、さっきまで地元の家が恋しかったのに、もう新しい家に馴染んでる。
人の適応能力とは、なかなかに凄いものである。
全ての片づけが終わった静かな部屋の中で、缶ビールを片手に周りを見渡す。
そして、クローゼットに付いた細い傷跡や、シンクの細かい傷。
そういう、私とは違う誰かがここで生きていた痕跡を指でなぞり、眺めながら思う。
見知らぬ土地と見知らぬ人の中、私もこの部屋に生きた痕跡を付けながら、新しい人生を生きる。
この不安な気持ちも、心細い気持ちも、きっといつか良い思い出となって、笑い話になるのだろう。
だから、それまで踏ん張ろう。
誰もいない静かな部屋で、ぽつりとひとりごちた。
はじめまして、私のおうち。
頑張ってって言わないで
他人からの「頑張って」という言葉が、私は世界で一番嫌いだ。
皮肉と嫉妬といじわるが混在する、人の醜さが如実に表れた言葉だと思う。
育ちの良い人に囲まれて育ってきた人には理解できないかもしれないが、世の中には勉強やスポーツ、趣味や仕事など、何かに必死に打ち込んでいる人を見ると、嫌悪を抱く人が一定数存在する。
なぜなら、他者の頑張りというものは、時に人の劣等感を強烈に刺激するからだ。
人は大人になるにつれて、日々の生活に追われて、何かに夢中になる機会が減っていく。
そんな自分が廃れていくような、後ろ向きに生きているような、でも居心地の良い、そんなぬるま湯な人生に不安を抱きながらも「これでいい」と自分に言い聞かせて生きている人。
または、受験や就職などの人生を左右する局面から目を背けてきた人。
各々に事情があるから一概には言えないけど、世の中には、そういう残念な人が一定数存在する。
そんな人たちにとっての一番の脅威が、努力している人だ。
自然と目標を持ち努力できる人の存在は、惰性的な自分を肯定して生きていく上で、最も邪魔になる。
なぜなら、劣等感やマウンティング本能を強烈に刺激してくるから。
自分がダメだと客観的視点で評価できてしまうから。
そんな彼らの負け惜しみの言葉が「頑張って」。
「頑張って」は、「別に知らないけど(失敗すればいい)」が後ろに含まれている、人を突き放す冷たい言葉だと思う。
少なくとも、私が今までかけられた、他人からの「頑張って」には、いつも嫉妬が混ざっていた。
本当に想ってくれている人は、頑張っている人に対して「頑張って」など、口が裂けても言えない。
本当に頑張っている人に対してそんな事を言ったら、相手を追い詰めると分かるから。
だから、
「無理をしないで」
「辛くなったら相談して」
「協力できることがあったら言って」
などの寄り添ってくれる言葉こそが、その頑張りを正当に評価し、本当に応援してくれている、やさしい言葉だと思う。
そもそも、頑張れる人に対して頑張ってなんて、言う必要がないよね。
だって、言われなくたって勝手に頑張れるもの。
ほっとけって感じだよね。
でも、本当に自然と努力ができる育ちの良い人に限って、いじわるな「頑張って」に笑顔で「ありがとう」と返せるんだから皮肉だなと思う。
飲みにケーションなんて、クソくらえ
「はるらっしゅちゃんは気が利くね~」
泥酔の一歩手前まで歩みを進めた上席の言葉に「ありがとうございます」と笑いかけ、どうぞとお酌をする。
そしてこう思う。
「これ、私の歓迎会なんですけど。」
社内接待の不要さ
私が社会人になった2015年。
当時は今のような感染症もなかったし、私の会社はまだ体育会系の色が根強く残っていた時代だった。
私の入社した会社は当時、新入社員は暗黙のルールで社内で開催される飲み会への参加を強制されていた。
今ではこんな事をしたら一発で懲戒免職だけど、当時は飲み会の席で腰に手を回されるのは日常茶飯事だったし、私の場合、首筋を舐められてその場で蕁麻疹を発症し、皮膚科に通った経験もある。
新卒には飲み会時にそれぞれの役割があり、同期内で一番酒が強かった私は、飲み会終了後に泥酔した先輩たちを次々にタクシーへ詰め込む係だった。
タクシーをずらっと並ばせて詰め込むその光景はもはや、極道のそれである。
でも私は、それを武勇伝として語るつもりは毛頭ない。
そんな経験をしたからこそ思うのだ。
「社内接待ほど、無駄な物はない」と。
あれはもう、社内接待というより社内営業である。
そんなもので気に入られて出世するのに嫌悪感があるし、そんな飲み会人事な会社は、先が見えているので捨て置いて良いとすら思う。
今回の転勤で経営層の近くで仕事をするようになった。
そして分かったのだ。
今のお偉いさんたちもまた、そうやって偉くなっていったのだと。
だから、今偉くなった自分は接待されて当然だと思っているのだと。
そういう腐った連鎖はどうやったら断ち切れるのかと考えながら、私は「私の歓迎会」という名の社内接待に身を投じていたのであった。
飲みにケーションという日本企業の文化
そもそも酒を飲まなきゃ親しくなれない関係性とは、如何なものか。
転勤初日の上司との面談で「たくさん飲みに行けば皆と仲良くなれるよ!」と言われ、頭に浮かんだ疑問だ。
日本人は同調意識が強いせいか、なぜか社内の人間と仲良くすることに重きを置く。
でも、冷静に考えてみると、会社は仕事をしに来るところであって、私は友達を作りに来ているわけではない。
「趣味や副業があるので、あまり残業は出来ません。」
「有給は毎年全消化を目指しているので、3か月に一度、取得日をメールで打診させていただきます。」
「その分、定時内に最高のパフォーマンスで会社に貢献できるよう努めます。」
そう淡々と語る私に、目が点になる上司。
きっと私は典型的な外資の考え、そして上司は日本企業の考えなのだと思う。
今年から新社会人になった人や、来年から新社会人になる人に伝えたい。
きっとお盆明けから仕事やインターンの内容が重くなって、少しずつしんどくなると思う。
確かに飲みにケーションで培ったマナーや人脈はある。
それは確かだから、全てを否定するつもりはない。
でも、自分の時間を犠牲にしてまでやることではない。
少なくとも私は、ここまで8年間の社会人生活の中でそう結論付けた。
何が言いたいかというと、自分の時間を大切に。それだけ。
練乳のような微睡《夢のお話》
こんにちは。
今年の梅雨は雨が全く降らずに明けたかと思ったら、梅雨明け後に豪雨が降るこの状況下で、いよいよ梅雨の概念が分からなくなったはるらっしゅです。
梅雨って、何?
お昼の定番、ジャンクフードで有名なM字の旦那の某店でハンバーガーを片手に調べてみると、以下とのこと。
梅雨(つゆ)とは、日本の5月末から7月初〜中旬にかけての、曇りや雨の日が多くなる時期のこと。日本だけでなく、中国の南部や韓国でも見られる気象現象です。
ちなみに日本の一番北にある北海道に梅雨はないとされています。日本列島に梅雨をもたらす雨雲・梅雨前線は、北海道に到達するころには勢力が弱まり、梅雨のような長雨が発生しないからです。 引用:MATCHA
ふむ、一応7月中旬までは梅雨と言えるのか。
いやでも、そしたら梅雨明け宣言とは何なのか。
ハンバーガーとポテトを両手に、謎が深まるばかりです。
さて、本日のテーマは【夢】です。
夢といっても「将来の夢」ではなく、「デイドリーム」の方です。
最近蒸し暑くて寝苦しいからでしょうか、変な夢ばかり見て目覚めます。
今日はそんな、はるらっしゅの変な夢と、夢に関連する日常をざれ言チックに語ってみたいと思います。
(引っ越しの手続きで頭が疲れているせいか、長文が書けずに短編チックに仕上がりました。)
短いからいつもより読みやすいかも、どうぞ楽しくご覧ください。
練乳のような微睡
耳元でけたましくなるスマホのアラームを乱雑に止めて、スマホを持ったまま寝返りを打った。
「平日は7時に起きたい」と毎晩意気込んで寝るまでは調子が良いのだが、如何せん低血圧の私は、目覚ましの音が聞こえてもすぐには起床できない。
なので、目覚ましのアラームを6時50分にセットして、7時までの10分間で脳を覚醒させる。
私は、その10分間が一日の中で最も好きな時間だ。
半分寝てて半分起きている、そんなトロトロとした甘く白濁した微睡の中で「今日はどんな服を着ていこうかな」とか「今日見た夢は何だっけ」「会社に行ったら、まずあの資料を仕上げないと」とおもちゃ箱のように散乱した考え事をしているこの時間は、一瞬のような永遠のような、まるで自分が現実から切り離されたような感覚に陥る。
時間は人の意識によって、長くなったり短くなったりする。
相対性理論って、とてもロマンチックで、とても切ないものだね。
何かのアニメで聞いたセリフ。
「当時の私には分からなかったこの言葉の意味が、今この時だけは、少しだけ分かるような気がする」なんて思いながら、私は今日もまた、薄暗い早朝の部屋の中でおもちゃ箱のような思考の海へ落ちていく。
鷹の夢
鷹の夢を見て目覚めた朝、夢に出てきた鷹の眼力が忘れられなくて悪寒がした。
初夢で見ると縁起が良いとされる【一富士二鷹三茄子】で有名な鷹の夢は、天下を統一した徳川家康が鷹狩りを好んだこと、『たか』という読みが『高い』に通じることから、夢占いでは開運や立身出世、自由な行動力を表す吉兆とされている。
ちなみに、私が見た鷹の夢はこんな感じ。
私は左右に畑が広がる広い田舎道を歩いていて、ふと目線を上にずらすと、そこにはとても大きなカラスが電線に止まっていた。
カラスは私を小ばかにしたよう見つめた後、大きな羽を広げて飛び立とうとした。
すると、その上空からカラス以上に大きな鷹(もはやあれは鷲かもしれない)が降ってきて、カラスを丸飲みするように捕食してしまう。
そして鷹は恐怖で立ちすくむ私を一瞥して、その場から飛び去っていく。
ええ、私も皆さんと同じ気持ちである。
この夢は、一体何だったのか。
訳が分からないよ。(まどマギのキュゥべえ風)
ということで調べてみたら、こんな結果が出てきた。
鷹や鷲が獲物を捕らえる夢は、仕事や学業、恋愛などにおいて、何らかの成果を得ることを暗示しています。
この時、鷹や鷲が狩る獲物が大きいほど、あなたが手にする成果が大きいことを象徴しています。
人によっては、社会的地位のある方から、大抜擢を受けたり、引き立てを受けたりすることもあるでしょう。いずれも、鷹や鷲が狩りをするその勇士は、あなたが厳しい競争社会を力強く生き抜いていくことを象徴しています。 引用:美・フェイスナビゲーター
ふむ、なるほどである。
人生で初めて見た鷹の夢は少し怖かったけど、良いなら良い。(語彙力皆無)
そんな事を調べてうふふと思った、朝の満員電車での一コマ。
目が覚めて思い出したら
「恋ってするものじゃなくて落ちるものだってよく言うけど、それに気づくのっていつなんだろう」
先日の飲み会でそんな話をふってきたA子に、軽い口調で「そんな事を考えてるまさにその時なんじゃないの?」と確信を突くような答えを出すB子。
そんな友人二人の掛け合いをハイボール片手に眺めて、私も思った。
恋に落ちたことに気づく瞬間は、いつだろう。
昔読んだ本で「試着室で思い出したら本気の恋だと思う」というタイトルがあって、その言葉にハッとした事はあるけど、恋に落ちたことに気づく瞬間というものは考えたことがなかった。
恋に落ちる瞬間は人それぞれで、多分それに気づく瞬間も千差万別だろう。
他の人と話している姿を見て嫉妬したり、ふいに手が触れて胸が高鳴ったり、気づけば目で追っていたり。
私の場合はどうだろうと考えて、そして分かった。
私が恋に落ちたことに気づくその瞬間は【朝目覚めた時】だった。
朝ふと目が覚めて、ベッドの中で最初にその人思い浮かべたら、多分それは恋だと思う。
そんな事をぼんやり考えているうちにその話題は終わり、最近の恋愛事情に移り変わって「はるらっしゅは、最近どうなの?」と話を振られていた。
私は一度思考し始めると余韻を消すのに少し時間がかかるため、そのぼんやりとした状態のまま「んー、最近久しぶりに人と手を繋いだ」と安易にこぼして、周りが「え!聞きたい!」と興奮し出す面倒な状況となった。
手をつなぐと相性が分かるなんてよく言うけど、たしかにそれは納得だった。
セックスしても胸はときめかないのに、手を繋いでウキウキしてしまうなんて、なんだか童心に帰ったような、変な気分。
「手を繋いでたらニギニギされて、おにぎりになった気分だった」なんて話を「きゃー!」と楽しそうに聞く友人たち。
そんな二人を見て私も笑いながらお酒を飲みつつ「以前関係を持った人(失恋と冷凍食品を参照)とは、手を繋いでもときめかなかったのに。」と、少し皮肉めいたことを考えて、そしてその思考に蓋をした、そんな夏の夜だった。
豚汁滴る良い男
その日の朝、彼が夢に出てきたからという単純な理由でランチに誘った私が悪かったのかもしれない。
私の最終出社日が迫っていたその日、私は仲の良い会社の先輩(以下Uさん/男性)をランチに誘ってみた。
彼は「じゃあ、とんかつを食べに行こう!」とスケジュールを空けて一緒に出掛けてくれたわけだが、この時私達は、その後の悲劇をまだ知らない。
食事中何があったのかは知らないし、本人に聞いても「俺も分からない(放心)」とのこと。
ただ少し食事中に私が視線を下に向けた隙に、Uさんは自身が持っていた茶碗の豚汁を胸元から被っていた。
いや、被っていたというか、浴びていた。
あまりの出来事に私、Uさん、そして店員はフリーズし、一瞬の間を置いた後で
私「ちょ!!!先輩やけどしてないですか!?」
Uさん「(目をぱちくりさせて放心)」
店員「(厨房にむかって)おしぼり!おしぼり持ってきて!!」
周りにいた客達「(ティッシュを持って)これ使ってください、お姉さんも足にかかってるよ!」
と、大騒ぎである。
「午後一で会議なのに・・」と青ざめる、豚汁滴る良い男・Uさん。
「大丈夫、急げば間に合います!服を買いに行きましょう!」とはるらっしゅ。
結局、飲むように残りの食事を平らげ、滞在時間30分程度で店を後にした。
無印良品でTシャツを買って試着室で着替えた後、次はパンツを買わねばと慌ただしく移動する中、「そういえば俺、明日誕生日なんだよね」とこれ見よがしに言ってくるUさんに「策士過ぎるだろう」と私は苦笑した後、「わかった、パンツは買って差し上げます」と言ったのが運の尽き。
仲良いが故に遠慮が無く「やった!俺、欲しいのある!こっち!」と飛び出していったUさんに嫌な予感を覚えながらも付いていくと、目当てのパンツは7000円だった。
「私、自分の服でも3000円以上の物は買わないのに・・」と白目を剥きながら、少しイタイ出費を出して、その日の午後を迎えたのだった。
話はここで終わらない。
後日、北海道出張から帰ってきたUさんは「先日はありがとう。これ、異動の餞別!」と、少し大きい紙袋をくれた。
「え!ありがとうございます!」と少し涙目になりながら、紙袋の中身を取り出し、別の意味で涙腺が崩壊した。
中から出てきたのは、北海道のお土産で有名な、特大サイズの木彫りの熊。
「え!!凄い・・え?」
見て数秒でものすごい違和感に襲われ、木彫りの熊を片手にフリーズする私。
皆さんは木彫りの熊を見た事はあるでしょうか?
ええ、熊が鮭を加えているあれです。そう、通常はあれなのです。
しかし、私が今持っている木彫りの熊は、鮭に食われているのです。
「あおおおおおおおっ」と叫びながら苦悩の表情を浮かべる熊。
食物連鎖が完全に崩壊した常軌を逸したお土産に震える私。
「これ炭だから、玄関とかに置くと消臭効果あるよ!」と微笑ながら言うUさんの目を見つめ、私は「熊、食われとりますこれ。」としか言えなかった。
「最後のランチがまさか豚汁まみれになるとは思わなかったけど、でも私達らしかったね」と笑って話せる良い思い出となった、とある豪雨の昼下がり。
あとがき
こんな愉快な生活も残り僅かだと思うと、感慨深い。
色々な人が送別会という名の飲み会に連れていってくれて、皆が「辛かったらすぐ戻ってきなさい」と言ってくれる。
あたたかい人たちに囲まれて恵まれていたと今更気づく私は、本当にばかものだ。
そんな感慨深さに浸りつつもメンタルが豆腐な私はきっと、しんどかったら本当にすぐ泣いて帰ってきてしまうのだろう。
でも、最初はそれでいいと思う。
それを繰り返して徐々に新しい土地で自分の居場所を作り、新しい土地で新しい人間関係を作っていこうと思う。
「私のペースで着実に」を改めて決意した、今日この頃です。
マグロになった齋藤さん《仕事の笑えるお話》
こんにちは。
雨が降ると髪の毛が爆発するはるらっしゅです。
朝に頑張ってセットして家を出ても、最寄り駅に着く頃には全部とれていて、セットに使った15分を返せと虚しい気持ちになります。
「髪を結べば良いのでは?」というお声も聞こえてきそうですが、如何せん私は顔が丸い。
その顔の丸さを隠すためになるべく髪は下ろしていたい。
そんな葛藤に日々苦しめられている、今日この頃です。
さて、私は雨が降ると必ず思い出す出来事があります。
本日のテーマは《仕事の笑えるお話》。
はるらっしゅが過去に遭遇した仕事の笑い話を、ノンフィクションでお届けします。
最近は少し真面目な話題が続きましたので、今回はお笑い回です。
さらりと読める文量ですので、ぜひ最後までお付き合いいただければ幸いです。
マグロになった齋藤さん
マグロは泳ぎ続けないと死ぬらしい。
マグロは口を開けて泳ぎ、エラを通過する海水に溶けた酸素を常に取り入れながら呼吸するラムジュート換水法で呼吸をしているためだ。
つまり、泳ぎを止めると酸欠状態で窒息死。
魚の世界も色々あって大変だと思う。
その日はどしゃぶりの雨だった。
雨の日の夕方は頭がぼーっとするので、コーヒーを買おうと、会社のビルの1階にあるカフェに行く途中、携帯が鳴った。
「今出先でさ、社用車の鍵を失くしたんだけど、どうしたらいい!?」
所長からだった。
言葉の意味が分からず「あっ、所長ちょっと待ってくださいね」と言い、のんきに店員さんにコーヒーを注文する私。
「いやさ、コーヒーっておま、、」
「あっ、ミルク多めで!」と、全くかみ合わない会話。
支払いが済んで、熱々のコーヒーをズズッと啜り歩きながら私は思った。
なぜ車の鍵がないと言っているのに、この電話からは走行音が聞こえているのか?
「所長、今車走らせますよね?座席の下にでも落としたんじゃないですか?」
私は携帯を耳と肩で挟み込み、エレベーターのボタンを押した。
「違うんだって、」事の顛末はこうだった。
所長はその日、部下の齋藤さんと二人で遠方に営業に出かけていた。
その帰り道、給油をしようと立ち寄ったガソリンスタンドで悲劇は起きた。
齋藤さんは何を思ったのか、鍵を車の屋根の上に置いて給油をしたそうだ。
(所長は車内で電話をしながらiPadを触っていたそうで見ていないらしい)
その後、無事給油が終わり、再び運転を再開した齋藤さん。
走り始めて約10分後、高速道路に入ったタイミングで彼女は一言こういった。
「あれ、、、所長。私、鍵どうしましたっけ?」
あまりのアホっぷりと事後処理の大変さに、もう笑うしかない私。
笑いを押し殺すように、咳払いを2回。
所長が電話をスピーカーにしているので、「はるらっしゅさん、これ止まったら終わりですか!?死んでしまいますか!?」と明らかにパニクっている齋藤さん。
そして、それに対して「大丈夫だ!はるらっしゅが何とかしてくれるから、いいから前見て運転してろ!」と声を張る所長。
所長、私JAFの人じゃないです。
とは言え、車の管理は総務の仕事。私は指示を出すために急いでデスクに戻り、電話をスピーカーにしてPCのロックを外した。
「どうした?」近くにいた別部署の部長が、電話の騒がしさにつられてやってきた。
「ああ、〇〇さん」部長の声が聞こえたようで、改めて事情を説明する所長。
「止まったら終わりってそれ、マグロじゃねーか」と爆笑する部長。
その笑い声につられて、我慢していた笑いが込み上げ、思わず吹き出す私。
しまいには所長も笑いだす始末。
「笑ってる場合じゃないんですって!」という齋藤さんの大声が虚しく響く(失くしたのは齋藤さんなんだけど)、笑いが溢れた雨の日の夕方。
毎日大変だけど、こういう笑いがあるから、この仕事は辞められない。
※所長と齋藤さんは無事帰社し、スペアキーを渡して事態は収拾しました。めでたしめでたし。
水平線は淡く滲む《転勤のお話》
こんにちは。
街を歩く人々の半袖率が着実に増えている中、一人いつから半袖に切り替えたら良いのか分からず戸惑っているはるらっしゅです。
皆は一体、何を基準に半袖に切り替えているのだろうか。
汗だくになりながら長袖を捲り、首を傾げて行き交う人々を見つめている今日この頃です。
さて、私事ではございますが【Trinka×はてなブログ特別お題キャンペーン】で先日応募した【2ドルチップに惚れる】が優秀賞を受賞しました。
まさか選んでいただけるとは思わず、腰を抜かしました。
おそらく皆様がスターをたくさん付けてくださったおかげで、審査員の方の目に留まったのだと思います。
皆様、本当にありがとうございました。
引き続きマイペースにこつこつと記事を書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
※賞金1万円の面白い使い道を募集します。何か思いついた方は、ぜひコメントをお寄せください。
ここからが本題です。
本日のテーマは【転勤】。
最近風向きが変わって、急速に人生が変わり始めていることを実感しています。
人生が変わり始めると、他人からの言動に変化が現れ、自分の心境にも変化が起きます。
今回は私の実体験とともに、人生の岐路とその決断について語ってみたいと思います。
所詮は他人事だもの
本社への転勤辞令が出たと伝えたら、両親は今生の別れのように嘆き悲しんだ。
最終的にはそんな姿を見て「私はなんて親不孝者なんだろうか」と自己嫌悪に陥り、涙を流す私を両親が慰めるという、謎の状況に陥った。
「30歳を超えた時点で、転勤はもうしません。その時は辞めます。」と公言はしていたが、まさか29歳で辞令が下るとは。
夏には他県へ引っ越しということで、今から色々と慌ただしいのだが、私は周りが引くほどの心配症だ。
知らぬ土地でなど、本当に生きていけるのだろうか。
2ヶ月で野垂れ死ぬ気がする。
「死なないように」と引っ越しまでのやる事リストを作ってみたら、箇条書きで作っているはずのやる事項目がWord3枚半を超え、途方に暮れた。
取り急ぎ、転勤先の近場に住んでいる知人達に連絡すると、彼らはこぞって「連れていきたい所がたくさんある!」「住むならうちの近所にしなよ!」「栄転だね!」などとお祝いの言葉をくれたけど、全て所詮は他人事だった。
私がどんなに不安を吐露しても、「はるらっしゅなら大丈夫」としか、皆は言ってくれなかった。
いや、そうとしか言えなかったのかもしれない。
それは送り手の問題なのか、それとも受け手の問題なのか。
分からない、それとも分かりたくないのか。
どうして大人になればなるほど、他人事はより他人事になっていくのだろう。
自分のことで精一杯になって、他人に興味がなくなるからなのか。
それとも、大人になって自分に決定権が生まれるが故に、そう感じるのか。
所詮は他人事だもの、他人からの慰めに縋る方が間違っている。
他人に何かアドバイスを求めても、そのアドバイスの根底には各々のエゴが含まれているように感じてしまう。
自分の人生には関係がないから、その場限りで適当な事を言っているように聞こえてしまう。
でもそれは、私が他人に期待しすぎている裏返しなのかもしれない。
本来であれば、私の事は私で決めて、その決定に私が責任を持たないといけないのに。
私のメンタルは私が保たないといけないのに。
弱くて卑怯な私は、いつもその役割を他人に擦り付け、それをやってもらって当たり前に考えていたのだと思う。
人の親切を仇で返すような事を言ってるくせに、不安に支配された私は、今日も誰かに慰められている。
見栄やプライドを綺麗に着飾った、弱くて醜い、ちっぽけな臆病者。
それが私の正体だと痛感し、鏡に映る歪んだ姿を見つめた。
そして奥歯を噛みしめながら、私は私を軽蔑した。
水平線は淡く滲む
雲と光が滲む水平線は灰色がかった水色で、そこには透き通るほど透明で淡い世界が広がっていた。
転勤の話が出た途端、不安と恐怖で押しつぶされたはるらっしゅ。
現実から逃避したい一心で予約したパラグライダーを経験したその日、私は緩やかな弧を描く水平線を見て、地球が丸いということを生まれて初めて認識した。
東京スカイツリーの展望台の高さを超える、地上400メートル上空の世界。
人が存在しない世界。
それは形容しがたい光景で、空気が薄いわけでもないのに、胸が苦しくて涙が出た。
初めての事は誰だって、何だって緊張する。
パラグライダーに挑戦したその日、私は緊張して眩暈がしていた。
会場へ向かう道中3回もコンビニに寄って、トイレで手汗を洗い流していた。
落ちたら即死という恐怖に屈し、一緒に予約していた友人に先に飛んでもらう始末だった。
でも、いざ度胸を決めて飛び出してみると、そこには見たことが無い、祝福の世界が広がっていた。
大人になると、生活環境はなかなか変わらない。
人は安定を求める生き物だからこそ、自分で一歩を踏み出さないと変わらないのだ。
今回の転勤は、そんな臆病で弱い私を変える好機だと分かっている。
だから私は、怖くて不安で今にも泣き出しそうだけど、震える足で一歩を踏み出すと決めた。
今まで積み上げたものを全て崩して、人生を一から作り直すと決めた。
耐える理由を探しながら、たくさんの答えを抱えながら、悩み抜いて私が決めた。
きっと大丈夫。
どうかこの選択が、私にとって好機となりますように。
そんな事を切に願いながら、私は淡く滲んだ水平線に背を向け、私が住む世界に向かって高度を落としたのだった。
あとがき
ということで、ただでさえ亀さんペースの更新ですが、生活が落ち着くまで、更に更新頻度が落ちるかもしれません。
わがままは承知ですが、どうか温かく見守っていただければ幸いです。
引き続き【スナックおはるのざれごと】を何卒よろしくお願いいたします。
※パラグライダーの動画はInstagramで公開!
幸福へ向かう選択《挑戦と勇気のお話》
こんにちは。
今勤めている会社の規定が変わって副業が解禁になりました。
春の陽気に誘われて、この度色々な副業に誘われているはるらっしゅです。
新しい事に挑戦するのは楽しいですが、どの副業も本業との兼ね合いで、どう調整しても7連勤状態。
春の陽気に誘われてと言うより、死神の妖気に惑わされて、が正解な気がします。
このままじゃ私、絶対に過労で死にます。
そもそも自分の時間が取れないのは嫌だし、何よりこのブログを書く時間が無くなるのが我慢なりません。(なんで副業しようと思った。)
ということで、無理なく続けられるものを見極めようと思っています。
断わる勇気も大事よね。
今回のテーマは【挑戦と勇気】です。
私の挑戦、私の身近な人の挑戦をざれ言チックに語ってみたいと思います。
美しさを金で買う美学
ある休日の昼下がり。
友人A子とカフェで待ち合わせをしている私は、コーヒーのおかわりを少し苛立ちながら注文し、入り口のドアを見つめていた。
苛立つ原因は、A子の遅刻だ。
A子の予定が後ろ倒しになっているせいで、当初の待ち合わせ時間から既に40分が経過していたのだ。
「さすがに遅すぎる」とLINEを開こうとした時、「ごめん!」と聞きなれた声がして顔をあげた。
すると、目の前には知らない綺麗な女性。
目が点になる私と、首を傾げる目の前の美人。
少しの沈黙が流れた後、「待たせてごめんね、はるらっしゅ」と目の前の美人が口を開き、同時にこぼれ落ちるくらいに目を見開く私。
「・・え!?」あまりのことに怒りを忘れ、ただ食い入るようにA子を見つめた。
A子は先月に整形したことや術後の辛さ、今日もクリニックの予後診察に行って経過が順調だったこと(混んでて遅れたらしい)等を語りながら、「最近やっと痛みが落ち着いたの」と笑い、アイスコーヒーに刺さったストローをくるくると回した。
施術箇所は目と鼻と顎。パグ系だった顔は、今では宮脇咲良似の超絶綺麗系だ。
人はここまで変わるものかと、黙って見つめる私に「ケーキ食べたくない?」とコロコロと笑いながら言うA子。
心ここに在らず状態な私は「うん」と間の抜けた返事をし、A子が差し出したメニューに目を向けた。
半年前に最後に会ったA子は、自分に自信のない、ごく普通の女の子だった。
大学時代は同じ学部に通っていたが、男性が苦手でいつも伏目がち、人の後ろに隠れるタイプの控えめで優しい女の子だった。
それが今では堂々としている。多分、私より。
整形は日本では未だに悪とされているけど、彼女を見ていると思う。
皆美しくなりたくて化粧品を買う。美しくなりたくて、歯科矯正をする。
美しくなりたくて美容室に行くし、ネイルアートだって、服やピアスだって買う。
私達の永遠のヒーロー【アンパンマン】ですら、顔が汚れたら挿げ替える。
お金で美しさを買って何が悪い。
男性の店員さんの目をしっかり見て、追加でケーキを注文しているA子を見つめながら、そんな事を考えた午後2時半過ぎのお話。
ライバーデビューのはるらっしゅ
ある日、InstagramにあるDMが届いた。
「ライバーになりませんか?」
以前からこの手のスカウトメールはたくさん届いていたが全て削除していた。
しかし、その日の私は、仕事でかなりしんどい事があって病んでいた。
仕事から逃げ出したくて、そのための手段は何でも良くて、逃げるように返信をした。
その後、打ち合わせをしてライバーデビューに向けて話が進む中で、2つの違和感が頭の片隅にずっと居座っていた。
1つ目の違和感は、稼ぎ方だ。
ライバーという仕事は、フォロワーにいかに有料アイテムを投げてもらえるか(これを投げ銭と言う)で稼ぎが決まる。
なので、画面の中のライバー達は一日に何時間も動画配信をしながら、ただひたすらに「アイテム投げて!」「ありがとう!」「ナイス~!」を繰り返す、本当に不毛な会話を永遠と続けている。
これを観た時、私は思った。「これは、ネット乞食だ」と。
画面の向こう側にいる大勢の人々を目の前にして籠を持ち、「アイテム(お金)をください」と大声で騒ぎ立ててるようにしか、私には見えなかった。
確かにライバーは見た目が可愛かったり、色気があったりする人が多い。
彼女たちの姿は見るだけでも有料、お金をかけてもらって当然という考え方もある。
確かにそうだ。だって、やってることはキャバクラとほぼ同じだし、フォロワーという名のお客様たちは、ライバーの可愛い笑顔を見て癒されるために配信枠に来ているのだから。
それでも私は、画面の向こう側の人たちが、ただ私に「ありがとう」と言ってもらうためだけに、1つ50万円もするアイテムを投げ込む世界が、無性に気持ち悪く感じた。
※これがライバーという職業の稼ぎ方なので、これが悪ということではありません。私がこの職業に向いていなかったというだけの話なので、ライバー全てを否定するつもりは毛頭ございません。
違和感の2つ目は、労働時間だ。
各ライブ配信アプリは、集客のために長時間のライブ配信を推奨している。
しかも配信は毎日することが基本で、一日休むだけでランクが下がり、時給が減る。
そのために週に2枚の「おやすみチケット(通称おやチケ/これを使うと1日お休みしてもランクが下がらない)」が配布されるが、とはいえ、週2日しか休めない。
もはや働き方が、有給が取れないブラック企業に勤める、週5勤務のサラリーマンと同じ。
私の場合は、平日5日間は本業をしながらのライブ配信なので、タイムスケジュールはこんな感じ。
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《平日》9-18時ː本業 20-24時ːライブ配信
《休日》①11-14時②18-21時③23時-翌1時ːライブ配信
※実際に事務所から提示された配信時間
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これは一体、どこでご飯を食べて、どこでお風呂に入るの…?(さすがに死ぬ)
ということで、これでは仕事に忙殺されて、Instagramもスナックおはるも、ささいな知性も全て出来なくなる。
私の大好きな本すら、読めなくなる。
全細胞が「そんなの嫌だ!」と大絶叫しました。
どうしたら良いのか分からず若干鬱になり、そんなこんなで体調が崩れ、周りからは「まじでお前には向いてないから、いい加減諦めろ。辞めとけ。」と説得される始末。
巷では「すきま時間で稼げる!」と副業として宣伝されているライバーだが、こんなに自分の時間を犠牲にしていれば、そりゃ稼げるわな。
事務所と会社の人事が話し合いをしながら副業に関して諸々を調整していたというのに、結局はお断りの運びとなり、はるらっしゅの短いライバー生活は幕を閉じたのでした。(まだ始まってもないし、周りにめっちゃ迷惑かけた。)
挑戦する勇気と辞める勇気
何事もバランスが大事だと思うのです。
それは物事に挑戦する時も然り。
以前に書いた《焦りのお話》にも重なりますが、
人生はランニングマシーンに似ていると、最近よく思います。
ランニングマシーンは、一定の速度で走り続けなければなりません。
人生も同じで、時間の流れや環境の変化という流れに適応しながら、私達はずっと同じ速度で走り続けているのではないかと時たま思うのです。
人という生き物は、知能があるが故にとても難しい生き物で、常に何かしらの目標やある種の理想を追いかけないと堕落するし、一方で頑張りすぎると崩れる。
充実しているというのは、挑戦と辞めるをバランス良く維持出来ている状態を指すのです。
私は仕事が辛いと相談してくる会社の後輩に、必ずこの話をします。
私達が入ったこの会社では、新卒時代に果敢にチャレンジすることは教えてくれるけど、辞める勇気は教えてくれない。
でも優秀で良い人ほど、何の未練もなく、うちを辞めていくでしょう?
それは、自分にとってしたい事、したくない事を上手に整理してバランスを維持しているからだし、そういう選択が、充実した人生に導いてくれると知っているから。
私がこの会社で働いているのは、この会社の今の職種に勤めていることで、人に影響を与えられる社会的ステータスと、好きな事が出来る自由な時間を与えてくれるため。
この会社が自分にとって何も利益を与えてくれないのなら、さっさと辞めなさい。
大抵は引き留めて欲しくて相談してくる後輩たちです。
「さっさと辞めろ」と言われて皆目が点になりますし、多分会社の人事が聞いたら、「いや引き留めろよ」と怒りそう内容ですが、結局はこういうことなのです。
自分を幸せにできる人間ほど、挑戦と辞め時がよく分かっている。
そして、挑戦すべき困難と、避けるべき困難も分かっている。
私がライバーになっていたら、今頃トップライバーになってCMに出ていたかもしれない。
ええ、私もそう思います。(どや)
周りからは「勿体なかったかもね」と言われましたが、私はこれで良いのです。
私自身が「これで良かった」と躊躇いなく言えれば、それがきっと幸福へ向かう選択なのです。
私にとって大事なのは、トップライバーになって年収何千万の世界に行くことじゃない。
自分の好きな物書きを存分に出来る、生活的余裕を確保すること。
そして、物書きでささいなランチ代を稼げるようになること。
ただ、それだけなのです。
人は一日に約35,000回の選択をしています。
私の今回の選択が、どうか私の幸せに繋がっていきますように。
この記事を読んでくださった皆様が、自分が幸せになるための選択をして、充実した一日、ひいては充実した人生を歩めますように。
そして、整形という選択で強くなった私の友人のA子が、より良い幸せな人生を歩めますように。
温かいコーヒーを啜りながらこの記事を書き、そしてそんな事を願う、今日この頃です。
《追伸》
短いライバー生活でしたが(デビューすらしてない)、プロフィールはがっつり作りこみました。
職場の先輩に見せたところ「盛りすぎwwww」とばかウケだったプロフィール写真を皆様にもおすそ分け。
最近の加工アプリって、すごいよね。
本物との差異は、ぜひInstagramでご確認ください。
※結局、この写真は【ささいな知性】のスタエフのアカウント写真になりました。
みんな誰かが羨ましい《焦りのお話》
こんにちは。
最近、花粉症に悩まされているはるらっしゅです。
薬は飲みましたが全く効かず、薬剤師が間違えて小麦粉を調剤したのではないかと戸惑いが隠せません。
今年の花粉は鼻水はあまり出ませんが、目がとにかくかゆくなります。
一旦目玉を取り出して、水道水で洗いたいです。(絶対にマネしないでね。)
目が真っ赤なので、どんなカラコンを入れても全く可愛くなりませんし、この状態で真顔でいると泣いたと勘違いされ、周囲から「何かあったか」と心配されます。
今日は「元気出せよ」と缶コーヒーをもらいました。CMのようなシチュエーションで目が点の私。
5月に入れば少しずつ落ち着くので、今は騙し騙し耐えようと思います。
さて、最近周りでは花粉症で死にかけている人だけでなく、転職する人が急激に増えました。そんな人達が慌ただしく退職準備をしているのをぼーっと眺めながら、この記事を書きます。
今回のテーマは【焦り】です。誰かの成功を耳にした時は、誰だって理由の分からない焦りや不安を抱えて胸がモヤモヤします。そんな時にこの記事を読んで、少しでも気持ちを落ち着かせるお手伝いが出来れば幸いです。
【人間】という言葉の意味
私達は 「人間 (にんげん) 」 と 「人 (ひと) 」 を、同じ意味で捉えがちです。
人間という言葉はもともとは漢語で【じんかん】と読み、個人を指す言葉ではなく【世の中】や【人同士のコミュニティ(人間関係)】などを指す言葉でした。
中学時代にこの話を聞いた時、私は「人という生き物は、人と人の間でしか生きられない存在であることを如実に表す言葉だな。」とガキんちょながらに思い、「こんな事を考える自分、哲学者チック。むふふ。」と己惚れていたことを思い出します。
焦りでメンタルが死んだ、ここ最近の出来事
とある週の火曜日、何年も連絡を取っていない大学時代の同級生から急にLINEが届きました。
少し不審に思って返信しないでいると、次々とLINEが送られてきて、聞いてもいない近況を次々と報告してくるのです。
彼は最近結婚したことやSNSのこと、転職したこと等を次々と報告してくれました。
私の文面を見て察してくださる方もいるかと思います。そう、私はとにかくそのLINEが不快でした。文面の所々に「俺すごいでしょ?褒めてくれ、賞賛してくれ」というエゴがにじみ出ていたからです。
「なんてデリカシーのない男だ」と不快感しかなかったため、途中からは「へー」「うん」「そか」の3パターンで話を回す私。
Googleで「LINE 返信 脈無し」で検索すれば真っ先に出てくるような、脈無し定型文の返信でもめげない彼。そのメンタルの強靭さはすごいと思った。
結局彼の自慢話はしばらく続き、彼は話したいことを散々話した後「今度飲もうな!いつでも誘ってくれ!」と言って去っていき、私の心にはモヤモヤだけが残りました。(あんなオナニー男、絶対に誘いたくない)
その週の水曜日。同僚とランチに出かけた時、「私、妊娠した!」と唐突に報告を受けました。それを聞いて、私の心には一気にどす黒い感情が渦巻いて、心が苦しくなりました。あの時、私は上手に笑っておめでとうと言えたのだろうか、と今でも不安になります。
その週の金曜日。「俺、転職することにした!」と、またもや同僚から唐突の報告。こんなことが続くと、いよいよ笑えなくなるはるらっしゅ。自然を装うことで精一杯です。
「ヨカッタネー」とあまりの棒読みっぷりに、相手に「え、ごめん大丈夫?何か気に障った?」と心配される始末。(上手に祝えなくてごめん。)
こんなことが連日で続き、さすがの私も落ち込みました。皆が結婚や出産や転職でおめでたい中、私は何もおめでたくないのです。
私は転職をしたことがないから、新卒からずっと同じ会社に勤めてる。
転勤の可能性があるから、ずっと持ち家を買えていない。
結婚の予定がないから、出産の予定もないし、何なら今は彼氏もいない。
皆が着実に人生を前に進めている中、私だけ何年も同じ場所に留まっているように感じて、この恐ろしい焦りと不安にただ狼狽えることしか出来ない自分の無力さに呆れます。
私はこのままでいいのだろうか。
皆と同じように転職して、結婚して、出産しなければ。
わからないけど何かを初めて、成功しなければ。
何かしなきゃ。何かしなきゃ。
私は何のために生きているのか、私は今後どんな人生を送るのか、考えれば考えるほど分からなくて、変な焦燥感ばかりが先走って、気持ちが空回り、自分が嫌いになっていたのが、直近一週間の出来事です。
私は私のままで良い
「はるらっしゅって、意外と周りと同じだってことに安心するタイプよね」
会社の先輩が串カツにむしゃぶりつく私を眺めながら、ビール片手にそう言いました。
「そりゃそうですよ、だって人と違うって欠陥品に見られそうで、嫌ですもん。」
私は油でベタベタになった口を拭きながらそう答えて、そして納得しました。私の焦りは周りから欠陥品として見られたくないという気持ちから生まれていたのだと気づいたからです。
しかし、それは私にとって本当に良い事なのか。
周りの目を気にして、したいのかも分からない転職や結婚や出産をして、果たして私はそれで本当に幸せになれるのか。
帰り際、私はビールの大ジョッキ6杯を飲み切って泥酔した先輩をタクシーに押し込み、駅に向かう途中でこう考えました。
結局周りの目を気にして周りと同化したとして、
転職しても暫くすれば"あの人と比べて私は‥"と不満が生まれて焦るだろう。
結婚しても"子供を産まなきゃ‥"と周りからのプレッシャーで焦るだろう。
子どもを産んだとしても"うちの子は周りと比べて‥"と劣等感で焦るだろう。
きっとこの焦りに終わりはないのだろう。そして、この焦りは私だけでなく、周りの皆も同じように抱えて生きているのだろう、と。
もし周りも私と同じように悩んで焦っているのだとすれば、自分の事で精一杯で他人の事など見ている暇もない。だとしたら、周りの目を気にするなど、ただの杞憂ではないか。
学生時代の成績が伸び悩んでいた受験期、深夜2時を回っても勉強を続ける私に「本当に成長していない時って、その場に留まり続けることも出来ないものよ。早く寝なさい。」と母がホットミルクを差し入れてくれたことがあります。
当時は母が何を言っているのか分かりませんでしたが、今ならなんとなくわかる気がします。
人生はランニングマシーンに似ていると、最近よく思うのです。
ランニングマシーンは、一定の速度で走り続けなければなりません。
人生も同じで、時間の流れや環境の変化という流れに適応しながら、私達はずっと同じ速度で走り続けているのではないかと時たま思うのです。
それってとても凄いことだし、立派なことだと思いませんか?
体力は人によってそれぞれです。頑張れるタイミングで速度を上げて走って(これが周りから見た成功や成長)、疲れたら速度を落として、それでも歩き続ける。
人生はこれの繰り返しです。「同じ所に留まっているように思えても、自分の足でちゃんと歩き続けている、人生はそういうものなのだ」と、当時の母は私に伝えたかったのかなと勝手に思っています。
今は停滞しているように思えますが、よくよく考えてみれば私だって去年と比べて出来ることが少しずつ増えているし、SNSをはじめとする趣味が増えました。
結婚や出産もまだしていないけど、でもそれはご縁の話だから焦ったところで出来るものではありません。
仕事だって新卒からずっと同じ会社だけど、同じ会社に勤め続けるのはとても大変なことで、それが出来ないから周りは転職しているのに、私は転職しなくて済んでるなら、それはある意味ラッキーな話です。
持ち家だって、本気を出せばいつでも買えるようにお金を貯めておけば良い。転勤だって、会社の金で安く他県に住めるなら、それだって人生の肥やしになる。嫌になったらいつだって辞めて帰ってこられる。
結局何事も考え方次第だなと、この記事を書いてて思います。
人が人である限り、誰にでも他人を妬む心は存在しますし、誰でも他人と比べて劣等感を抱き、そして焦ります。
しかし一方で、あなたを見て羨み、妬む人も絶対にいるのです。
人は、ないものねだりな生き物です。どんなに地位や名声や富を得たって、絶対に満足はしません。理想を追求し続けても、ゴールなどありません。
それであれば、微々たる自分の日々の成長に目を向けて、それをしっかり認めてあげる生活の方が、精神的により豊かになれるのではないか。
他人の期待や目など気にせず、自分を肯定して自分のために生きていこうと思えた時に、人はきっと本当に意味で自由で幸せな人生を歩みだせるのではないか、と思うのです。
横断歩道で行き交う車のライトをぼんやり眺めながら、「みんな誰かが羨ましいけど、私は私のままで良いのかも。」と、酒と花粉で視界が滲む中、ぼんやりとそんな事を考えた帰り道でした。
結局、私のメンタルを回復させるために書いたような記事になってしまいましたが、皆様の心の陰りも一緒に照らせれば良いなと願う、今日この頃です。
追記
先日帰省して、「転職しようか迷う」と母に相談した際、母はこう言いました。
「先の心配をしたってどうなるか分からないじゃない。人の心配は8割が杞憂なんだから。もし本当に転勤とかになってそれが嫌なら、その時は迷わず辞めて帰ってきなさい。うちはあんた一人くらい、全然養えるわよ。」
一気に悩みが吹き飛びました。母の言葉は本当に偉大です。
人生の岐路に立つアラサー女子の閃き《転職と副業のお話》
こんにちは。
私事ですが、先日誕生日を迎えて29歳になりました、はるらっしゅです。
「29歳の目標は、化粧水をSKⅡに変えて、若さを保つことです。」と先ほど職場の後輩(26歳)に話したら、鼻で笑われました。※資生堂の回し者ではございません。
さて、私は5カ月前からInstagramを始めましたが、様々な癖の強いDMを毎日いただきます。
最近特に印象に残っているクセ強DMは2つあって、1つ目は、頑張って色々考えたけど、一周回って和訳が破綻したと拝察する「こんにちはゴージャス!」から始まる海外からのDM。
そして、2つ目は話題をなんとか提供しようと必死にひねり出したと拝察する「馬の血液型って3兆個あるって知ってましたか?」という、日本人からのDM。
「いや3兆個って、もう少しまとめられたでしょ」と動揺が隠せません。
そんな中、同時に届くのが副業についてのDMです。その種類は様々で、日本の副業文化は日々進化しているのだなと感心しっぱなしです。
ということで、本日は転職と副業について語ってみたいと思います。
転職したいはるらっしゅ
私は2月上旬から先週にかけて【転職したい病】でした。
毎年そうです、毎年2月から3月の誕生日前日まで、私はいつも病むのです。
辞めたくなる理由は毎年同じ。人間関係と待遇です。
私の仕事は俗に言うバックオフィス系なので、売上という点では会社に貢献することはできません。むしろバックオフィスは会社が得た利益をいかに守るか、支出を抑えるかで会社への貢献度がはかれる職種です。
そのため、私達と逆の立場である営業などの部署からすると「俺たちが稼いだ金でお前らの給料払ってるんだぞ、お前らは雑用でもやってろ。」という考えを持つ方も一定数いるのが現実です。(どの会社にもいるよね)
ですが、それを口に出して言われるとむかつくのが、人間の性。
先日、それを社内のお偉いさんに面と向かって言われ、あまりの悔しさにいい歳こいて陰でぎゃん泣くはるらっしゅ。
「あの人一回、〇ねばいい。」と慰めてくれた同僚たち、「売られた喧嘩は買うぞ。」と私の盾になってくれた私の上司や部長。
心が傷ついて萎えていたのでお礼を言えるメンタルではなかったですが、ありがたかった。(しみじみ)
また、少し前から自分のキャリアについて考えることもしばしばありました。
職種柄、なかなか昇格せずの状態が続いているため、このままでいいのかという漠然とした恐怖と不安を抱えていたこともあり、その二つが重なって核並みの大爆発を起こしたのが今回の発作でございます。
あまりに病んだので実家に帰り、仕事を辞めたいと母の膝で泣くはるらっしゅ。
しかしなんだかんだで毎年転職したいと喚き散らすので、両親もこの類の扱いはお手のもの。なんてったって7年目ですから、もはやプロです。
程よく微妙なハロワの求人を厳選し「あんたの会社の方が待遇が良いじゃない」とスマホの画面を見せながら、優しく諭します。
普段であれば「確かに給与は今の方が良い」と納得し、ここで落ち着きます。しかし、今回のはるらっしゅは少し違うのです。なんてったって今回は喧嘩を売られておりますから。
「私、ここ受ける(鼻水ぐすぐず)」「え?」「転職エージェントにも登録する」「え・・」
かくして、私の転職生活は幕を開けるのです。
人生ではじめて、転職活動をしてみた
ハロワの求人検索に関して、母ほどうまい人はいないと学びました。
スマホの扱いはドコモのスマホ教室に通う高齢者レベルなのに、ハロワの求人検索に関しては、持って生まれた才能で、SMSに届く迷惑メールのような量と速さでデータを送ってきます。
一方私は、転職エージェントに登録して面談し、エージェントから紹介されるキラキラ求人を「話を聞いてみたいくらいの会社でも、選考に進んだ方が良いです」とごり押しされ、宇宙猫状態で受験し、書類や面接で落とされる日々。
転職したい⇒よく分からない会社に落とされる⇒自尊心が傷つき自信を無くす⇒普段の仕事も消極的になる⇒転職したい ※最初に戻る
ええ、分かります。心だけすり減る、不毛の極みです。
多分この1ヵ月の私は、自炊や掃除すらできないレベルの精神の不安定さでしたので、控えめに言って般若だったと思います。まじで。
そんな中、1つの副業DMに目が留まり、この地獄のような生活が終わるのです。
副業のスカウトがきっかけ
目から鱗が落ちる経験を29歳になって初めてしました。※どこから何のDMが届いたかはここでは控えます。
別に1つの会社にしがみ付く必要はない。今の会社に不満があるなら、もう一つ別の仕事をして、その不満を補えば良くない?
そんな考えがぽんっと浮かんで、その瞬間、肩の荷もストレスも、不満も軽くなったように感じました。
DMの文章に感銘を受けたとか、特別な内容だったとか、そういうことではなく、さらりと読み流している最中に、そんな考えがふわりと思いついたのです。
その後、そのお誘いを下さった会社とのやり取りを開始し、現在は副業開始に向けて準備中です。(1~2ヵ月後に開始予定)
29歳から考える今後10年間のキャリア
副業は江戸時代、武士が生活費を稼ぐための手段として生まれたと言われています。
その後、日本の高度経済成長期に終身雇用制度が確立されたことで、副業はタブー化されましたが、2016年の「働き方改革」によりそれが解禁され、今年で6年が経過しました。
これからの時代は、会社という枠にとらわれない、自立した働き方が受け入れられる新しい時代に変わると世論では言われていますが、私も同感です。
確かにまだ1つの会社に属する専業が主流の日本ですので、転職市場はいまだに賑わっていますが、これからは副業という選択も視野に入れて自分の人生をコーディネートしていくのも、とても良い選択肢だと思います。
職場の人間関係に悩むのは、その会社と家の往復で、自分の世界が狭くなっていることの現れです。
外にたくさんの自分の居場所を確保しておけば、そのうち1つのコミュニティーで少しの問題が起こったとしても、負の感情で心が占められることはないと思うのです。
こんな考え方の私は今、数年前に投資信託を始めたのをきっかけに株投資の勉強を始めました。
また、アフィリエイトや企業からの広告依頼でも収入を得たいと考えて、SNSの運用も勉強しています。
そして、このブログもアフィリエイト収入を得るための手段として運用を考えているので、最終的にはワードプレスでサイトを立ち上げて引っ越しさせたいと考えています。
こう考えると、副業の可能性は私の身の回りに山のようにありますし、皆様の身の回りにも無限に可能性があるのです。
最後に
自分のやりたいことを棚卸すると、あまりの量に眩暈がします。
人生の1/3が終わろうとしている現在、二の足を踏んでいる暇はないのです。
そう考えると、転職している暇もないし、下手に転職してそこが副業禁止だったら、私の夢は潰えます。
それであれは、転職活動に費やしていた時間を副業の準備に充てたいと思い、はるらっしゅの短い転職生活は幕を閉じたのでした。(メンタルが安定して本当に良かった。笑)
どんな会社に就職しても、どんな仕事についても絶対に不満は出てきます。その度に転職を考えては体力は持ちませんし、社歴も荒れます。
だからこそ、その不満を補えるように視野を広げて、外に活路を見出すのも良いのではないでしょうか。
一度きりの人生です。その中の約1/3の時間を占める仕事ですから、我慢してお金をもらうだけではもったいない。
なりたい自分に近づける、そんな副業を自ら生み出したいと思う、今日この頃です。
《追記》
5ヵ月前にInstagramを始めてから、人生が変わった気がする。SNSの力って凄い。
ちなみに毎日投稿しているので、もしよければこちらから遊びに来てください!
猫系女子の処世術《嫌いな人攻略法のお話》
こんにちは。
先日、職場の先輩とお酒を飲んでいる時に「お前、田中みな実に似てるよな」と言われ、歓喜の雄叫びをあげたはるらっしゅです。
私は田中みな実さんが大好きなので、その後はずっと上機嫌でしたが、先輩の意図はそうではなく「あざとく、敵を作る」という意味で言っていたそうです。
しかし、そんなの構いません。あざとくて何が悪い。
今回は人間関係ネタの鉄板、【嫌いな人の攻略法】について語ります。
※途中、感情の高ぶりによる過激な言葉が出てまいりますが、温かい目で見守っていただければ幸いです。
はるらっしゅの生態調査報告
先日、Instagramのストーリーズでお題になっていた動物女子診断をした結果がこちら。
#動物女子診断 #ホイミー
https://hoyme.jp/shindan/82109/results/764
全部悪口じゃないですか、これ。
こういう類いの診断って【モテる】とか【かわいい】とか良い言葉が並ぶと思っていただけに、目が点になりましたけれども、おそらく冒頭の先輩が言いたかったこともこういうことなのではないかと思います。
(思い返せば、前回の鬼診断もぼろくそに言われました。※【赤鬼とキンパ】参照)
私の特徴をまとめるとこんな感じだそうです。
気まぐれでワガママだけど何故か憎めないあなたは、猫系女子です。テリトリーの意識が強く、絶対に侵害されたくない自分の聖域を持っています。自分の領域が侵されれば、相手を永遠に恨むでしょう。基本的には人見知りですが、一度心を開いた相手には独占欲が出るツンデレなタイプ。
言いたいことはハッキリ言うタイプなので誤解されることも多いのですが、ツンケンしているようで、寝る前に「ちょっと強く言い過ぎたかな…」と後悔する可愛いところも。また、仕事や学業などやるべきことはソツなくこなせるのですが、実は不器用な一面もあります。表情には出しませんが、内心は汗びちゃで焦ることも多いようです。
読んでご理解いただける通り、私は性格が悪いです。自他ともに認めます。
とにかく我が強いですし、食べ物の好き嫌いは一切ないのに、人の好き嫌いは誰よりも激しいです。そのため、一度好きになった人はずっと好きな一方、一度嫌いになった人を好きになることは二度とありません。
こんな感じなので、私は絶対的な味方がいる一方で、敵を作る性格だとよく言われます。
皆と仲良くすることはそんなに大事か?
世論では敵を作るのは『悪』、敵を作らないのは『善』とされています。
日本人は同調性を重んじる国民性ですので、自己を抑えて周りと同じ行動を取るよう、幼少期から教育されます。
そして同時に、人を嫌いと思う感情は悪であり、皆を好きになり仲良くするようにも教育されます。
しかし、果たしてそんなことは可能なのでしょうか。
人も生き物ですから、どうしても好き嫌いは発生します。
私は、そういった負の感情も他の感情と同等に尊重されるべきだと思うのです。
私は、皆と仲良くするふりをするのは自分の魂を削る行為だと思っています。
そしてそう思う私は、好きな人と嫌いな人の線引きを、相手が分かるくらいにはっきりと引きます。相手に「私に近づかないで」と意思表示をするためです。それが序盤に先輩に言われた言葉に繋がってきます。
世論の基準に照らし合わせると、私の性格は間違いなく最強に悪いです。
しかし、だからと言ってこの性格を直したいと思ったことはありません。不満を持ったことも不便を感じたこともありません。
私は嫌いな人間にどう思われようが興味がないので、自分の心を守り、自分がご機嫌でいる方を最優先事項にして日々生きています。
以前は全員に好かれようとしていた時期もありましたが、心が疲れてしまうし、八方美人になっている自分に良い印象も抱きませんでした。
私は、今の私の方がよっぽど正直で好きです。
そして、自分を好きでいる時の方が良い人間関係が築けていると感じます。
こんな経験から、皆と仲良くする必要はないという結論に至り、そして本日に至っております。
はるママ直伝【嫌いな人攻略法2選】
極論を申し上げると、嫌いな人間には愛想を振りまく必要はないし、そういう人間は極限まで遠ざけて良いと私は思います。
それがプライベートなら絶縁して良いし、会社であれば仕事の報連相以外、一切の関わりを絶って全く問題ございません。無理しなくて良いのです。
人間は嫌いな人間と一緒にいると、メンタルが削られます。
自分の気分を害する人間に時間を割くことほど、くだらない時間の浪費はありません。
嫌いな人間は、無きものとして扱って良いのです。そんなやつらに自分の貴重な時間と思考を与えてはなりません。
とはいえ、嫌いな人間の言動というものは、非常に鼻につくものです。わかります。
ではどうすれば良いのか。
ここからが本題です。はるママ直伝【嫌いな人間攻略法2選】と題して、私が実際にしている嫌いな人への攻略法をご紹介いたしましょう。(性格の悪さが露見します。)
1,同じ土俵に立たない
皆様、想像してみてください。
幼い子どもを相手に、本気で嫌悪感を抱いたことはありますか?犬猫には?
一瞬かっとなることはあっても、時間が経つと怒りが治まっていることが多いのではないでしょうか?
これはなぜか。答えは「相手を自分と対等と見なしていないから」です。
人が人に腹を立てる心理は、「私を理解してくれない」という不満から生まれます。
「どうしてこんなことを言うの?(私が傷つくのに)」
「どうして連絡してくれないの?(私が連絡してほしいのに)」
「どうしてこうしてくれないの?(私がこうしてほしいのに)」
そして、これらは後ろに全てこう繋がります。「どうして私を分かってくれないの?」
相手に自分を理解して、自分の思う通りに動いてほしいと無意識に期待してしまうから、それを裏切られた時に人は相手に不快感を抱き、その不快感は嫌悪に成長するのです。
それであれば、はじめから相手を対等に見なければ良いのです。
同じ土俵に立たず、相手の立ち位置を2,3段下に置いて、それを傍観していれば良いのです。
ちなみに私は、嫌いな人間は全て人型の豚だと本気で思って接しております。
2,自分と相手の間に境界線を作る
これは、私がよく会社で使う必殺技です。
仕事をしていると、どうしても嫌いな人間と話さないといけない場面はあります。
そんな時私は、私と相手の間に物を置いて、透明な境界線を作ります。
置くものはPC眼鏡でもペンでもケータイでも、何でも良いです。
そして自分に暗示をかけます。「相手がこの境界線を超えない限り、私は安全だ」と。
慣れてくると、相手がまるで仕切りの向こう側で話しているように感じ、最終的には何を喚いていたとしても「テレビのコメンテーターかな」くらいにしか思わなくなります。
--
これら2つに共通することは【相手を実像として見ない】という点です。
私の場合を例として挙げますと、1では、相手を人型の豚として扱っていますし、2ではテレビに映るコメンテーター扱いです。
アニメや漫画の世界に出てくる悪役に嫌な印象を抱いても、本気でぶち切れる人はなかなかいないですよね。それと同じ精神状況にまで持っていければ、こちらの勝ちです。
※余談※
この記事を書いてて思うのですが、結局人は、同じレベルと認知した人に「自分ならこうする」という価値基準を勝手に押し付けて、そして怒って嫌っているのですよね。人間という生き物とは皆、自己中心的で醜いものです。(遠い目)
最後に
誰でも嫌いな人はいます。絶対にいるのです。
たまに絶対に悪口を言わない仏のような人間と出くわしますが、高校時代、皆が部活に勤しむ中、ファミレスでクラスメイトの悪口を腐るほど愚痴っていた陰キャの長のような私からすると、そういう輩の方が腹の底が知れず、気持ち悪いと思ってしまいます。(でも中には本当にそういう仏もいると思います。ごめんなさい。)
私が何を伝えたいかと言うと、どうか「この人嫌い」と思ってしまう自分の醜さを責めないでほしいのです。
本来、嫌いという感情は【相手が自分を傷つけそう】という直観が働いてのことですので、むしろその気持ちは尊重し、信じて良いのです。
しかし、だからといって、いじめなどの攻撃はいけません。
絶対に嫌いな相手と同じレベルに落ちてはいけません。
あくまで相手を遠ざける、接点を消すということを最優先事項に、自分の心を守ってあげてください。
そして、その守った穏やかな心で、自分の好きな人に優しく接してください。
優しさと親切は連鎖します。
自分が相手に親切に接すると、相手もそれを優しさで返してくれます。
返された優しさが心の成長剤となって、いつか嫌いな人の多少の無礼くらいは笑って許せるような、心の余裕と度量が生まれるのではないかと思う、今日この頃です。(多分、私は無理だけど。笑)
闇をぶら下げたチョウチンアンコウ《仕事が辛い人向けのお話》
新しいPCを買いたくて元エンジニアの先輩と家電量販店に行く途中、「お前、予算いくら?」と聞かれ、元気よく「3万円!」と答えたら、手を引かれてUターンさせられました。
こんにちは。度を超えた世間知らずっぷりを発揮している、はるらっしゅです。
PCは10万円はないと買えないそうなので、金子を揃えて出直します。
こんな世間知らずな私は、意外にも毎日各局でCМが流れている、俗にいう大会社に勤めています。
周りからは大手に勤めていて安泰だと言われますし、入社が決まった時は、あまりのミラクルファインプレーに親戚一同が腰を抜かしておりました。(ちなみに内定理由は、顔と度胸。え、能力は?)
これだけを見ると、「自慢か、いやらしい」とご不快になる方もいるかもしれません。しかし、私が言いたいのはそういうことではありません。
こんなものは私の綺麗な一部の断片です。チョウチンアンコウで言うところの光っている部分です。その下にグロテスクな本体があるように、私にも見せられない闇や黒歴史が腐るほどぶら下がっているし、なんならそのグロテスクな部分が私の本体なのです。
今回のテーマは仕事についてでございます。
【社会人になって辛かったこと3選】と題して、私の黒歴史を成仏させるとともに、仕事が憂鬱だと悩んでいる方がこれを読んで「これよかまし」と思ってくださったら幸いです。(過去の話なので笑ってやってください。)
社会人になって辛かったこと3選
1,花見で首筋を舐められて帯状疱疹が出た話
忘れもしない、あれは入社して初めての土曜日です。花見会が催されました。
ただでさえストレスでボロボロの中、何が楽しくて知らないおっさんたちと桜を見なきゃならんのだと不機嫌マックスの私は、花見会場で泥酔した先輩に抱きしめられた挙句、首筋を舐められ、怒りと疲労で大号泣。現場は地獄絵図。
その後、首筋は赤くただれ、身体中に出た帯状疱疹の痛みで死ぬ思いをしました。今でも背中に痕が残っています。これが最初の黒歴史且つ、会社を辞めたいと思った出来事です。ちなみに加害者の先輩は、赤くただれた私の首筋を見て、ショックのあまり絶句していました。
2,周りが男性だらけで会社に行くのが怖くなった話
私は女子高出身です。大学もほぼ女子しかいない学科だったので、男性に対しての扱いが分からない節がありました。恋愛対象として男性に接することがほとんどで、友達や仕事仲間としての接し方が全く分からなかったのです。
当時配属されたのは、出来たばかりの小さな課で総勢6名、全員年上の男性でした。ただでさえ男性の扱いが分からないのに、相手は年上です。
年上の男性など、教師や教授、父、親戚としか話したことがない私にとって、彼らは宇宙人でした。いやもう、私が宇宙猫状態でした。
最初の1カ月は新卒特有の緊張感でギリギリ乗り切りましたが、ゴールデンウィークを超えたところで一気にそれが崩れ、私は自律神経失調症を患って投薬治療を受けました。そして、この事を人に話せるようになるまで、5年かかりました。
この出来事は私にとって最大のコンプレックスであり、私のアイデンティティを一気に作り変えた重い出来事でした。
3,仕事辞めたいのを我慢していたら大腸炎になって入院した話
投薬治療を受けながら、なんとか仕事を続けていましたが、人間はなかなか変われません。嫌なものは嫌なのです。
嫌な仕事を我慢し続けた結果、ある日謎の高熱が出て、下血しました。その後貧血を起こした私は救急車で運ばれ精密検査を受けた結果、ストレス性大腸炎で1週間の絶食入院。しかもこれを1年で2回繰り返しました。
なぜ私は辛い仕事を続けたのか
当時の私はとにかく世間知らずでした。働いて稼ぐということがどれだけ大変かを知らなかったのです。
辛さから解放されたくて、深夜、当時付き合っていた人のマンションのベランダに脚をかけたこともありました。
精神薬を飲んでボロボロになっていく私を見て、母は毎日泣いて衰弱していました。
それでも会社を辞めなかったのは、辛いなら逃げれば良いという選択肢を見いだせないほど、私の視野が狭かったからです。同時に、両親も一つの会社にずっと勤め続けているせいで、転職という選択肢を提示することができなかったのです。
私は、辞めなかったのではなく、辞めることを知らなかったのです。
4年前の異動で環境が一変し、今は精神薬を飲むことは一切ありません。それでも、この忌々しい記憶は消えません。あの頃の私に戻るのが怖くて、当時飲んでいた薬を未だに捨てることが出来ないのです。
仕事を辞めることは悪か
こんな私も入社7年目の中堅社員です。これくらいの立場になると、辛い辞めたいと言う後輩たちの相談を受ける立場になります。そして、こんな経験をしている私だからこそ、そう言う人達には決まってこう答えるのです。
辛いことなどやめて良い。我慢して生きられるほど、人生は永くないのだ。
よく巷の自己啓発本には我慢が美徳と謳われます。我慢は報われる、我慢した先に得られるものがある。私から言わせれば、そんなものはくだらない欺瞞です。私が我慢して得たものは、消えない身体の傷とトラウマです。
人間、どう考えたって我慢して得るものより楽しんで得るものの方が、その人にとってよっぽど価値があるのです。
その我慢の中にたったの一つの楽しさも見いだせないのなら、そんなものは価値がない。そんなものはやめて良い、私はそう思うのです。
生きるためにお金は必要です。しかし、そのお金を得る手段の仕事で健康や命を失っては、元も子もありません。
こんなに恵まれた先進国の日本で、貧困で死ぬことなどなかなかありません。仕事を辞めても、次の仕事を見つけるまでの間は食いしのげます。そのための社会保障制度です、本当に大丈夫です。
どうしても不安で、今の辛く苦しい状況から抜け出せない方がいるならば、私が目を見て、手を握って「辞めて良い、大丈夫」と言って差し上げます。
ただし、辞めるのは最終手段です。やみくもに辞めるのでは次に繋がらないので、非常事態を除いておすすめはしません。まずは今勤めている会社で環境を変える手段がないかを模索してください。
あなたの勤めている会社で社内公募は開催されていませんか?別部署への異動希望は出せませんか?
転職活動は精神的にも体力的にも辛いはずです。ただでさえ今の仕事で疲弊してるのですから、辛いことなど無理してする必要はないのです。まずは自分の状況を棚卸して、必要最小限の労力で環境を変えられないかを模索するのです。同じ社内でも、部署や仕事内容が違うだけで、世界は変わるものです。私はそう思うのです。
私は迷ったとき、私がワクワクする方を必ず選びます。これは私が後悔しないための絶対法則です。
人は1日に約3万5000回の決断をしていると言われています。どうかこの記事が皆様にとって、ワクワクに向かって踏み出せるきっかけの一部になれるようにと願う、今日この頃です。